昼が終わって午後の授業にローは出ていなかった。いつものサボりで、立ち入り禁止の屋上で寝ているんだろう。まあ、あいつの得意な理系科目ばかりだし、先生の話なんか聞かなくても簡単に理解してしまうんだろうけれど。
「じゃ、名前。ローのことよろしく!」
「悪いが、頼んだ」
放課後、シャチとペンギンは私をおいて逃げるように帰っていった。ローの寝起きが悪いからだ。私だって帰りたいのに。しばらくすると教室には誰もいなくなった。ローの机の横には、まだ鞄が掛かっている。仕方なくその鞄と自分の鞄を手に取り、溜め息をつきながら屋上に向かった。
屋上は立ち入り禁止という札があるくせに鍵がかかっていないので、本当に立ち入り禁止なのか考えどころだ。その扉を抜けて、もう一段階高いところに行くために梯子を上った。
目の前に横たわる男。未だにすうすう寝入っている。どれだけ寝るつもりだ。昼からどれだけ時間が経っていると思ってるんだこいつは。頭の横に座り込んでじっと顔を見る。男のくせに、すごくきれいな顔。寝てるときは少し幼くて、毒がない。
「起きろー。もう放課後なんですけどー」
んん、それだけこぼしてまたすうすう寝息を立て始める。
「ロー起きろーいつまで寝てんだーおいてくぞー」
「ん…名前、――?」
眉間にしわが寄って、少し起きそうなそぶりを見せ始めた。まだ目は開かない。
「そう、ほら、早く起きて」
「―――ゆ、め…か?」
「現実ですよー、げ、ん、じ、つ」
「……そう、か、―――」
うっすら開いた目に少し安心して、ほら、早くと急かすと、名前を呼ばれた。
「…名前、」
「なに」
「―――すき、だ…」
「はあ?何いっ、」
いきなり伸びてきた腕が私の頭をぐっと引き寄せる。いつの間にかローは上半身を少し起こしていた。
次に見えたのは、目を閉じるローのどアップ。こいつ、睫毛長いな。って、そんな場合じゃない!
ぐっとローの胸を押すと案外簡単に体が離れた。唇に違和感。今のってつまり。しかもローを盗み見ると、少し驚いた顔をしている。おい、どういうことだよ。
「まさかとは思うけど、寝ぼけてたんじゃ」
「……寝ぼけてた」
「この、…!!」
今のですっきり目が覚めた、なんて、何でもなさそうに言っているこいつに若干いらついたけれど。
「―――寝ぼけてたが、嘘じゃねェ」
この状況、どうなってる?
「本当のことだ。こんな状況で言うことになるとは思ってなかったが」
こうなったら言うしかねェだろ、とローが言う。
「意味、わかんな」
「好きだ、名前。お前のことが」
ローの手がまた伸びてきた。髪を梳かれて、それから頬を撫でられる。
「いきなり、何言って……まだ寝ぼけてんじゃないの、」
「どう見たって起きてんだろうが」
「…………」
頬を撫でる手はそのままに逆の手が腰に回る。そのままじっと目を覗きこまれた。顔を反らそうとすると、ローの手がそれを許さない。目を逸らすとこっちを見ろと言われる。どうしようもなくて、目を合わせた。
「名前、好きだ」
くそ。反則だこんなの。こんなのずるいに決まってる。ていうか、もともとはサボった奴を起こしに行くっていうなんの甘い要素のない行動のはずなのに。いつの間にこんな甘い雰囲気に…
「返事は」
「へ、返事…?」
「お前はどうなんだよ」
訊かれて、確かにどうなんだろうと思った。私は、ローのこと、好きなのか。嫌いじゃないのは確かで、一緒にいて楽しいのも確かで、じゃあ例えば、こいつの横に誰か別の女の子がいたら。
「――…嫌いじゃ、ない」
嫌だ。それは、嫌だ。つまり、そういうことだ。
「て、ていうか、さっきの事故キスの責任、ちゃんととってくれるんでしょうね」
ローは笑っていた。こんな強がりを、理解出来ないほど馬鹿じゃない。だって多分顔は真っ赤で、声だって少し震えてるような気がする。
「お前、可愛くねェな」
「周知の事実でしょ。いまさら」
「だが…、そういうとこ、可愛いよな」
「そんな要素、どこにもなかった気がするけど」
「フフ、強がんな。照れ隠しが下手なんだよ、お前」
ずっと抱きしめられたままで、もう思考回路がショート寸前だ。脳のどこかが絶対おかしくなってる。それも全部、こいつのせいだ。
「これからじっくり、責任とってやるよ」
そう言って近づく顔に、そっと目を閉じた。青が広がっていた空は、いつの間にか綺麗な茜色染まり始めていた。
4.起こす。
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