さて、どうしようか。 | ナノ

出会ったのは、高校に入ってから。というか、入ってすぐ。クラスがたまたま同じでやたらとあいつは目立つから、すごく印象に残った。先に仲良くなったのは席が近かったシャチの方で、それからペンギンと仲良くなって、流れであいつにたどり着いたわけだけれども、最初に掛けられた言葉は本当に最悪だった。

「へェ、思ったより頭悪いんだな」

中間試験が終わり、授業といってもテスト返却だった。私よりあいつの方が席が後ろだったし、テストが返却される順も向こうの方が遅かった。そしてなぜか私は、テストの点を見られたのだ。

「このクソ野郎が、」

出来ないなりに勉強した結果の、しかも思うように取れなかった点を、初めて話しかけられた相手に馬鹿にされたのだ。思わず汚い言葉が出てきてしまったけれど許されると思う。

「頭も悪いが、口も悪いな」
「口が悪いのはあんたもでしょ。そっちは態度も悪いしね」

思い切り睨んでやった。初めて話す相手にそんなこと言って、しかも耳にはピアスなんか着けて、服装だってだらしないし、授業中は寝てるし。頭の中身だって私と大差ないんじゃないのと思った瞬間、目に入ったというか見せつけられたそいつのテストに100の数字。フフ、と軽く笑われて、あいつは自分の席に戻っていった。絶対仲良くなんてなれない・ならないと確信したとき、隣のシャチに「名前、ローに気に入られたな」と嬉しそうに言われた。なんであんな失礼な奴に気に入られて嬉しいのか私には全くわからない。シャチの交友関係に疑問を抱いた。

それからというもの、幾度となくあいつに絡まれた。それでいい思いなんてしたことがない。毎回毎回こっちがいらいらするようなことを言ってくるのだ。

「ローは気に入った奴にしかそういうことしないからさ、」

あいつに絡まれていらいらする度にシャチがそんなことを言っていたけれど、別に嬉しくない。周りの女子は、かっこいいかっこいいと騒いでいるようだけれど、とんだ嫌味野郎なんだぞ。私には理解できない。

「ペンギン、私あいつ嫌いなんだけど」
「まあ、そう言うな。悪い奴じゃない」
「この被害状況で?」
「気にするな」

ペンギンでさえ役に立たない。というか、シャチはともかく常識あるペンギンがなぜあんな奴と仲がいいのかがわからない。対応策を考えようにも仲の良い二人(シャチとペンギン)がこれじゃあ手伝ってはくれないだろう。そんなストレスの溜まる日常を過ごしていたときだった。



* * *



「はあ?痴漢?なにそれ、やばくね。ヤバいだろそれ!」
「シャチ声でかい」
「うあ、スマン」

さらにストレスの溜まることが増えてしまった。登校中の電車の中で、ここ数日間痴漢にあっているのだ。

「今までこんなことなかったのに!」
「誰かと一緒に登校するのは?」
「一緒に登校するとしても女の子になっちゃう。それじゃ逆にヤバいでしょ」

ほんとはこの数日で捕まえて駅員さんもしくは警察に突き出すつもりだったのだ。それが上手くいかずにこんなことになってしまっている。そんなこともシャチ相手だからぽろっと話してしまった。のがまずかった。

「何の話してんだ」
「あ、ローじゃん」

シャチが嬉々としているのを見てため息を吐く。こいつが私に対して毒を吐き始める前に、この場を抜けようと席を立った瞬間だった。

「名前が痴漢にあってるらしくて」

おい。シャチ!余計なこと言うな!そう睨んだけれど、効果はなかった。シャチはこっちを見ないのだ!

「しかも、捕まえて警察に突き出すとか言ってて」

この現状をどうしようと焦る私は動けない。あいつの毒牙にかかるかかからないかなんてすっかり忘れていた。この場をさっさと切り抜けようとしていたことも。

「おい、それ本当か」

急に掛けられた声に驚いた。いつもより低い、知らない声だった。顔だって、真剣で怖いくらいだった。シャチの顔も若干強張っている。

「本当、です」

あんまり普段の雰囲気と違うものだから、言葉が敬語になってしまった。

「お前、最寄駅は」
「…し、新海線の北海駅、」
「何時の電車だ」
「7時、32分で、す」
「何両目」
「三両め、」
「明日もその電車だな?」
「…う、ん」
「寝坊すんなよ」
「……は?」

そこまで話したら丁度休み時間が終わって、授業が始まってしまった。それからの休み時間、あいつがからんでくることはなかった。


* * *


そして、翌朝。
いつも通りの時間に起きて、いつも通りの時間に家を出て、いつも通りの電車に、いつも通りの場所で乗るべく、その場所に向かうと。

「―――…なんであんたがここに、」
「お前がこの電車に乗るって言ったんだろうが。まさか最寄が同じだとは思わなかったが」
「意味、わかんない」
「昨日訊いただろうが」
「だからって、なんで、」
「お前が危ないことするからだろ」

深く問い詰めようとしたときに電車が到着した。仕方ないのでそれは後にして乗り込む。あいつも私の後に乗り込んだ。

通勤時間帯のこの時間の電車は人でいっぱいだ。鞄から携帯を取り出すのも一苦労、携帯を開いていじるのにも一苦労、そんな感じだ。そんな中、あいつは私の横で飄々と本を読んでいる。文庫本よりは少し大きめのそれは多分、新書だ。何についての本なんだろうか。というかこんな見た目チャラチャラしてるのに、そんな専門書みたいな本をこいつは読むのか。意外だった。

何か話さなきゃいけないかと思っていた。でも向こうは本に集中してるし、そんな必要もなかった。私はいつも通りぼうっとして、人の合間から見える少しの風景を楽しんでいた。

そしてその嫌な時間は、私が降りる駅の一駅前から始まる。

「雪見沢ー、雪見沢ー」

ドアが開いて、駅名がアナウンスされる。ああ、着いてしまった。思わず身体が固くなる。本当はやっぱり怖い。持っている鞄が震える。震えるが、これは、携帯のバイブ?

無理やり携帯を引っ張り出して、届いていたメールを見た。シャチに勝手に登録された、隣のあいつからだった。

―――落ち着け。怖がっても相手が喜ぶだけだ。

なんだそれは。怖いに決まってるだろうが。口は悪くてもただの女の子なんだぞ。そう思って隣に文句を言ってやろうと思ったら、メールに続きがあることに気が付いた。

―――文句は後で聞く。大人しくしてろ。

思う存分後で聞かせてやる、そう思って鞄に携帯をしまった時だった。ぞわり、悪寒が走る。触られている。気持ち悪い。嫌だ。いや、だ。

ドアが開いた。学校の最寄駅に着いたのだ。逃げ出したい、早くここから離れたい、そう思った時あいつにぐっと手を掴まれた。そのまま外へ出る。出て、それからぱっと手が離れた。なんでいきなり掴むんだと、その文句から言ってやろうと思っていたのに。

「駅員さん、こいつ、痴漢です」

あいつはすぐ近くにいた駅員さんに、中年の男を突き出していた。駅員さんは、痴漢ですと突き出してきたのが男で驚いたようだ。隣にいる私を見て状況がわかったようだった。中年の男は汗を噴き出しながら、違う違うと必死に言っていた。

その後、学校に遅れない程度に事情聴取をされて、あの中年のおじさんと駅員さんを残し駅を後にした。

学校に向かう道すがら、私達は何も話さずにいた。何も話しかけられない。隣にいるこいつが、余計によくわからなくなっていく。でも、お礼は言わなくてはいけない。

「あの、さ」

静寂を破るのに勇気を振り絞った。

「――…ありがとう」

目は見れなかった。でもちゃんと言うことが出来た。

「別に」

素っ気ない返事が返ってくる。ふと見た横顔は、別にと言った割には不機嫌そうだった。

「いつもは散々嫌味なこと言うくせに、今日はなんで、こんなこと」
「言っただろ。お前が危ないことするから」

はあ?と聞き返せば、はあとため息が返って来た。その態度にいつもの自分がほんの少し帰って来る。

「女が痴漢捕まえるとか、危ないに決まってんだろうが。やめろ。自覚しろ。実際、怖がってたじゃねェか。怖いなら怖いってちゃんと言え。そんなところで強がりなんかいらねェ」

もっといつもみたいな、こっちがいらいらする言葉が返って来ると思ってたのに、実際返って来た言葉はとてもまともだった。

「…ご、ごめん」
「わかりゃあいい」

素直に、心配されていたのだ。普段は憎たらしい言葉のやりとりしかしないのに。謎だ。全くつかめない。でも、嬉しかった。

「『お前みたいな女も痴漢にあうんだな』って言われると思ってた」
「フフ、言ってやってもいいが?」
「さっき真剣に説教したくせに」

学校の門が見えてきた。普段よりは遅いが、遅刻せずに着くことが出来る。

「…言わねェよ」

ぶっきらぼうにそんなことを言うから、思わず隣の顔を覗いてしまった。途端にしたり顔になって、私に言うのだ。

「ああいうのは物好きがするもんだからな」

見直した私が馬鹿だった。



2.出会う。



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テーマ「人外ファンタジー」
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