さて、どうしようか。 | ナノ

あれから時は過ぎ、高校を卒業した。
卒業するまでの残りの高校生活でローと関わることも特になく、大学に入ってからは彼が何をしているのかも知らない。彼の両親が医者ということで、きっと医学部に行くんだろうなとは思っていたけれど、結局どこの大学のどの学部に入ったかも知らないままだ。
シャチやペンギンとは未だにやり取りをしているけれど、二人がローについて何か言うこともなかった。私を気にして伏せていてくれているんだろうから、私も特に何も言わない。
そうして、私は大学2年になった。
日本史が好きだったから、教育学部の史学科がある大学を選んだ。今はもっぱらバイトに明け暮れている。
恋人も特にいない。というか、できない。ちょっとそういう雰囲気になっても、その人の彼女になりたいと思えないことに気がついてしまった。やはりローという存在は大きかったのだと身に染みている。
結局、友達と遊びに行くのにも限度があるので、バイト三昧ということになる。ただ、授業で出て来た場所に旅行に行きたいと思ってもお金に困らない点で、やはりお金は裏切らないなと妙に納得してしまった。
そういう意味で、大学生活を楽しんでいないわけではないのだけれども、冷めた大学生をしている、と思う。
きゃっきゃと騒ぐようなことがない。華のある大学生活ではない。精々歴史上の偉人の写真を見て、意外とかっこよかったときに内心盛り上がるくらいで、感情の起伏の少ない毎日を送っていた。

年末に差し掛かった頃、高校1年のときの友達から忘年会の声がかかった。去年もやっていて、私はバイトで行けなかったが、シャチやペンギンから話を聞いた限りではそこそこの人数が行ったらしかった。写真を見せてもらったが、35人クラスなのに20人はいたから、幹事の力量たるや、といった感じだった。なかなか集まりが良かったので、今年もやることにした、去年来れなかったんだし是非今年は来てくれとのお誘いだった。
今年はバイトも特に入れてない日だったので、みんなの近況も気になるし参加を決めた。

今年も今年で、よくまあこれだけ集まれるな、という人数は集まっていた。今回も20人くらいはいそうだ。シャチやペンギンの姿もある。あえて二人の近くには行かずに、久しぶりに会う面々との会話を楽しむことにする。

「ねえ、名前、卒業してからローくんと会ったりしてないの?」

昔話に花を咲かせていたら、聞かれるのはやはりその話題だった。お酒も入ってしまった今、彼らに聞きづらさというものは存在しない。容赦なくあの頃聞かなかったであろう質問が飛んでくる。

「会ってないし、連絡もとってないよ。そもそも別れてからはお互い全然関わらなかったし…進路も知らないしね」
「え、うそ!あの頃はあんなに仲良かったのに!」
「まあでも、そのあと修羅場があったからね…」
「それは…否めないわ…」

隣に座っている女友達が渋そうな顔をして言う。
すると向かいに座っていた男子が尋ねてきた。

「え、じゃあ、トラファルガーがアメリカの医学部に行ったこと知らないのか」

ーーアメリカの、医学部

呆然とする私に代わって切り返したのは女友達だった。

「それ、え、デマじゃないの?いや、ローくん頭良かったけど、大分すご過ぎじゃない?そんな出来のいい人うちらの高校にいたの?ってレベルだから信じてなかったんだけど」

人の噂には尾ひれがそれはもう付きまくるものだし、いくらローの頭が良くたって大学進学の時点でこの国を飛び出すなんて、まさに尾ひれ背びれがくっついた信憑性のないものに思えた。

「いや、マジだよ。外国にいるあいつにメールして声かけたの俺だもん」

そうだった、目の前の男子は幹事だった。凄腕の幹事はお前か。

「ちなみに今日来るよ、あいつ」

ーー初耳だ

「クリスマス休暇が長いらしくて、一旦帰って来るって言ってたから」

内心、なぜか動揺した。ローはこういう会に来ないイメージだから無意識に来ないものだと思ってしまっていたようだ。
急に居たたまれなさを感じて、帰った方がいいような気がして来る。来てからもう1時間は過ぎたし、会う前に帰ってもいいかと思い至ったとき、そう、大体そういう時はタイミング悪く悩みの種が舞い込んでくるものだ。

「ほら、来ただろ?」

仕切りの障子を開けてざっと全体を見渡したローは、幹事を見つけると悪い、遅くなったと挨拶をしていた。飲み物を聞かれてビールと答えたローは、シャチとペンギンの方に歩いて行く。
なんだか、急に空気が重たくなった気がした。誰に責められているわけでもないのに、居心地の悪さを感じる気がする。きっと気にしているのは私だけなんだろうが、ローが視界に入るのは落ち着かなくて嫌だった。

「私、あっちで話してくるね」
「えー!もっと話そうよー!」
「いや、結構ずっと話してたでしょ!せっかく来たから他の子とも話したいんですー」

さすがにここで帰るのは如何にもという気がしたので、もうひと列向こうの席に移動して、距離を取ることにした。ローに背を向ける形の席がちょうど空いていたので、そこに座る。

「わあ、名前じゃん!久しぶり!」

ちょうど目の前の子は同じ委員会でお世話になった子だった。

「久しぶり!ここの席空いてたから来ちゃったんだけど、誰か座ってた?」
「いたけど、トイレ行ってからあっちの席に行ったみたいだから全然大丈夫だよ!ね、見て!トラファルガーくんの近く、凄いことになってる…珍しいもんね、トラファルガーくんが来るの」

せっかく席を移動して来たのでローに関する話題は避けたかったが、まあ目立つ人物なので仕方ない。しかも普段はアメリカにいるとなったら、それはみんなの興味の対象にもなるだろう。実際ローの周りには男子が群がっていて、シャチが可哀想に押しのけられて酷い顔をしている。ローは苦笑しながらも嫌ではなさそうだ。

「なんか、やっぱり二十歳になったからかなあ、角が取れた感じがするね、トラファルガーくん」
「そうかな…そうかも」

それに、前にも増して精悍な顔つきじゃない?そんなことを目の前の子が言うものだから、少しじっくり見てしまった。
酒飲みに絡まれても、少し楽しそうなローは確かに以前よりだいぶ丸くなったのかもしれない。精悍、というほど爽やかさはないなと思うが、すっと引き締まった気がする。更に色気が増していることは、ローに視線を注ぐ女子の数からしてわかる。
いくつになっても罪な男だ。

気づけば静かにため息をついていた。

「でもさ、名前も綺麗になったよね、相変わらず肌きれいなんだ!」
「やだな、化粧してるからだいぶマシになってるだけだよ…褒め上手だなあ」

私は化粧映えしない顔だからそんなに変わらないけれど、女子は大抵綺麗になる。みんなおしゃれして、着飾って、原石から磨かれていく様を見ると大人になったんだなあと思う。目の前の子だってそうだ。少し癖のある髪も上手く巻いて、可愛くアレンジして。化粧だって高校の時はお互いしていなかった。時間が経ったんだなと思うと同時に、変わらない部分があることを目の前に突きつけられた気がする。

ーーいやだな、進めてないんだ私

目の前のグラスを呆然と眺めながら思う。
杯数はそんなに飲んでいないが、酔っているのかもしれない。思い出話に花は咲いたし、あいつも来たし、自分が思っていたよりも飲んでしまっていたのかも。だからこんなにもくよくよと考えてしまうのかもしれない。

「名前、私ちょっとお手洗い行ってくるね」
「あ、うん、わかった」

少しだけ考えごとに耽りたかったから、ちょうど良かった。気づけば私たちのいる端の方の席は人がまばらで、というか私のいるテーブルには今はもう私しか座っていない。中心の方の席のいくつかに人が群がっている。顔を真っ赤にしながら乾杯と言ってみんなでグッと酒を飲み干しているところもあれば、こそこそと話したと思うと次の瞬間には笑い転げているところもある。ちらりと目をやったローの席にはもう誰もいなくて、トイレかどこかの人だかりに巻き込まれているんだろうと思っていた。

「一人なんて寂しいやつ」

静かにしていた私に随分なことを言うやつだなと思って睨み気味に見上げてしまった。驚いて呆然とする私をよそに私の真横に腰かけた男は、アメリカ帰りのあの男だった。

「ああいうのには混ざれる気がしなくて静かにしてるんですけど何か」
「奇遇だな、おれもだ」

ああ、やだな。進めていない自分を直視しなきゃいけない。
隣にローが来たせいで変な緊張がやまない。せめてあの子が帰って来たらと思ったけど、別のグループに声をかけられてそちらに行くのが視界の端に映ってしまった。

「なあ、お前…顔白すぎじゃねェか」
「………はあ?」
「結構飲んだんだろ」
「化粧のせいじゃないの」
「化粧でこんなに病的に白くなるかよ、第一さっきまでこんなに白くなかった」
「……さっきまで?」
「………………」
「なにさっきまでって」

余裕を貫いていたローの表情が強張った。
私は精一杯「何言ってるんだ」という顔をしている。じゃないと締まりのない顔をしそうだった。変な期待が胸に押し寄せて苦しい。
ローはため息をつくと、私のジョッキに入ったビールをぐっと飲み干した。

「幹事の近くにいただろ、最初」
「…うん」
「あの時は血色が良かったんだよ」
「…………」
「その後からやたらグラス空くのが速いなと思ったら、席移動しただろ。顔見えなくなって、でも、飲むペースはそのまま」

そんなに飲んでいるつもりはなかった。ピッチャーがあるから、飲み物にも困らなかったし、無意識に飲んでは注ぎ飲んでは注ぎしていたのかもしれない。

「気付くと目で追ってる」

ローはジョッキについた汗を親指でなぞっている。視線も意味なくそちらに注がれていた。

「無意識だ、自分じゃどうにもできない」

なんだか、無性に泣きそうだった。私はやっぱりどうしようもない。忘れようとして、何でもないふりをして、こうして淡い期待を抱いていることをひた隠しにしていた。
みっともない、惨めだ。
そう思うのにこうして、すごく喜んでいるのだから。

「彼女、向こうにいるんじゃないの」
「いねェよ。できるわけねェ」
「…なんで」

ローはまた一つため息をついた。
なんだか調子を整えるための深呼吸のように見えた。

「好意をちらつかせられても色仕掛けで胸当てられても、その気にならねェんだから」
「む、むね…」
「同期のやつには病気を疑われたがな。勃たねェんじゃねェかって」
「………」
「それだけ好きなやつがいる。おれが手放しちまった」

黙りこくった私に、ローはお茶でも持ってくると声をかけたが、そうして席を立とうとするローの服の裾を私は掴んでいた。

「名前」
「……私、絶対許さないよ」

静かながらしっかりとした私の声に、ローは再び席に着いた。

「なんかあったら絶対あの時のこと引き合いに出すし」
「ああ」
「次、あんなことしたら、ただじゃおかないよ」
「しない」
「針千本飲ますかも」
「それは怖ェな」

さすがにそれは冗談だが、ローの返しがやたらと軽く聞こえた。
軽く考えられるのは困る。

「ロー、ふざけてる?」
「ふざけてねェよ…でも、悪くねェな」
「は?」
「お前に名前、また呼んでもらえると思ってなかったからな」
「…………ねえ本当に反省してるの」
「悪い…浮き足立ってるせいで、返事が軽くなっちまう。反省もしてるし、ふざけてるつもりもねェ…が、嬉しいと思うのが抑えられねェ」

この甘言に騙されているのではないかという気もしてきた。私はこの男に一度してやられているのだから、今度こそ慎重に見極めなければいけないのに。

「だ、騙しのテクニック…?」
「おいやめろ、冗談じゃねェ」
「だってなんか詐欺師っぽい…そうやって甘い言葉を吐けばどうにかなると思ってる?」
「おれは本気だ」
「余計に嘘っぽく聞こえるわ」
「なに言えば信じるんだよ」
「前科があるからな…」

それを言うと、ローは黙った。何も言えなくなって口を閉ざしたというより、何か考え込んでいるように見える。

「……なあ、名前」

少しの沈黙の後、名前を呼ばれた。

「なに、何言っても絆されないからね」
「最初からやり直させてくれねェか」

いきなりの提案に何が何だかわからなかった。意味が理解できなかった。

「なに、どういう意味、最初からって」
「始まりも終わりも、酷かっただろ」
「……寝ぼけてキスしたし、浮気するし?」
「………我ながら酷い話だな」
「本当にな」
「……だから、お前とやり直すチャンスをくれないか」

だから、というのはおかしな接続詞だなと思った。“だから”別れたのに。今回は、“だから”やり直させてくれという。
その割にローの声も視線も、真剣だった。今もなお好きだと思ってくれているなら嬉しい。顔も緩みそうにだってなる。でも私はあの頃から変わってない。あなたのことは好きだ。でも、踏み出せるほど勇敢じゃない。

「その間に値踏みしてくれればいい」
「……値踏み、って」

ローはそうやって簡単に言うけど、私は絆されそうで怖い。騙されそうで怖い。

「選ぶ権利はお前にある。おれはまたお前に選ばれるように努力する」

私が踏み出せなくても踏み込んでくる。

「なに、するの」
「まずは、デートか?」
「え、」
「おれとデートしてくれ、名前」

どこか行きたいところはないかと言われた。車は運転できないから電車で行けるところで頼む、と。話がどんどん進んでいってしまって、頭が追いつかない。
そういえば、ローとどこか出かけたことなんてあっただろうか。帰り道にどこか寄り道するくらいで、人混みの嫌いなローに合わせてあまり出かけたことがなかった。会うのも大体ローの家だった。
私はローとデートらしいデートもしたことがなかったのか。

「で、デート…」

ローとどこかに出かけてその隣に私がいるのを想像して、尻込みしてしまう。

「飯でもいいが…まァ、おれとしては一日お前といたいと思ってる」

ーーなんかもう、そういう話聞くだけでいっぱいいっぱいなんですけど

改めて思うが、この男は実に心臓に悪い。

「ご飯からでいいですか……」

どんどん考える間も無くこちら側に踏み込んで余裕をなくしてくるローに、ついに私の精神は壁際まで追い込まれ、私は今の精一杯の声量で返事をするはめになった。
…こんなに短時間でこれだけダメージを食らっているのに一日中一緒なんて無理だ。

「何がいい?イタリアンか?」

ローだから変に意識するのだ、友達だと思えばいい。必死に変換しようとして、無理なことに気がついた。もう考えることに疲れてしまったので、開き直ることにする。

「行ってみたいお店があるんだけど、そこでいい?」
「ああ。いつがいい?」


「私、重いよ、たぶん」
「心配するな、おれも大概重い」

「お前こそ彼氏いなかったんだろうな?」
「どういうこと」
「触らせてねえかってことだよ」

ローの指が私の手の甲を擦った。

「……ローの後は彼氏いたことない」

ローはじっと私を見ている。
「他の誰かの彼女になれる気がしなかった。好きにもなれなかった」

「ローに完敗」
「それはこっちの台詞だ」

「なあ、名前、お前しかいねェ、だから」

19.さて、どうしようか?

クリスマス休暇が長いのは本当だ。
でも、元々帰ってくるつもりはなかった。
お前が来るって言うから参加したのだ。

だから、今度こそ。



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