自称ファンクラブのボスから喧嘩を売られた翌日。
上履きこそ無事に下駄箱に収まっていたが、なにかしらの文句が書いてある紙くずがぼろぼろと入っていた。
念には念をと、一応上履きの中を探ると、出てきたのはよくあるアレだ。
「でた、画鋲」
ベタだなと思いつつ、足に刺さったら嫌なのでもう一度念入りに確かめてから上履きを履いた。怨み言の紙は、ちょうど持っていた袋にどさっと入れて、その場を後にした。
「うわ、何それ名前」
「愚痴の紙」
「は?」
「私があいつと付き合ってたのが気に食わなかった人たちの愚痴の数々」
「別れたのに今更?」
「別れたから今?」
「まじかなんじゃそりゃ」
さあね、と呆れたように返してから、紙一つひとつに目を通していった。
律儀に読む必要なんかないのにと友達にも言われたけれど、でも目の前にあると読んでしまう。この人たちもこんなの書いちゃうくらいあいつのことが好きなんだなあと思うと、他人事ではないような気がしてしまった。
次に誰かがあいつと付き合うなら、私のようなことにはならないと良いけど。
ーー身の丈に合う相手と付き合え
そう書かれた紙を見て、本当にその通りだなと思った。
***
そんな手紙の数々も、二週間ほどすると、いくつか転がっている程度になった。画鋲も入ってないし、一応私の足の安全は確保されつつある。
未だに入っている紙切れは、絶対同じ人たちがしぶとく書いているのだろうなと、見慣れた筆跡から思った。
「よう、名前」
ぼうっと考え事をしていると、久しぶりにシャチに話しかけられた。
「ああ、シャチじゃん、なに?」
「いや、あの、さあ」
元気に話しかけてきたと思ったら今度は何か言いづらそうに口を濁す。
ううん、と唸って、まだ言うかどうか悩んでいるのかもしれなかった。
「いや、あのな、言おうかどうか悩んで、やっぱり言おうと思って話しかけたんだけど、…お前を目の前にしたら言いづらくなった…」
はあとため息をついて項垂れるシャチに、告白ならやめてよ、と冗談を言うと、ばか!ちっげーよ!!とすごい声量で返してきた。クラスが静まりかえり、何だ何だとクラスのみんながシャチを見ている。
「や!何でもねェ!でかい声だしてごめん」
平謝りするシャチにみんなも元の会話に戻っていった。
「で、なに」
「うう…なんか、さ、おれ、見ちゃって」
「何を」
「ろ、ローが、お前の、下駄箱のところに、立ってるの」
私が行く時間には、あいつはそこにはいない。影すら見たことがない。
あいつと付き合っている頃より電車も遅くして会わないようにしているし、そうまでしているのだから会わないのは当然なのだが。
「週直でさ、おれ。今週は早めに来てるんだけど、それで名前の下駄箱のところにローが立ってて、女と話してるの見ちゃって」
「…女と話してようが、あいつの勝手じゃない?」
何を今更。別れたってシャチとペンギンには即刻泣きながら報告したじゃないか。忘れたとは言わせないぞ。
「いやそうじゃなくて、ほら、上級生なのに二年の下駄箱のところわざわざ通る女子とか、絶対、嫌がらせ目的じゃんか!そういうのに、ローがキレてて」
紙切れは少しずつ減ってきていた。
「だから、おれが言いたいのは!」
量が減ってきたなと思ったのは先週の半ばくらいからだったが、
「名前はもうローのことなんか名前も聞きたくねェかもしれねェけど、」
あいつがそうやって、馬鹿みたいに律儀に追い払ってたってこと?
「そうやって、お前のためを思ってやってるああいうことが、…あ、もちろんあいつはお前に知られようとしてやってるわけじゃねェし、知られたいなんてこれっぽっちも思ってねェと思うけど、それを知らないで名前が毎日過ごしてると思うと、報われなさすぎだと思って、おれ、いたたまれなくて、」
言っちゃいました…と、言い切ったのにも関わらずシャチはまた項垂れていた。
「そうなんだ、そっか……」
私はどうすればいいかわからなかった。
「……知らせてくれてありがとう」
ありがとうと言うべきなのか、そもそもこれの原因もあいつなのだし当然だと構えているべきなのか。
ため息が漏れた。
なんで忘れさせてくれないんだろうと、小さくぼやいた。
17.ぼやく
[back]