別れてから数日。
私を見てこそこそと話す人も見かけるが、私の周りは割と静かだ。あいつと私が別れたからといって、大抵の人には影響はない。
私にとってはなかなか大きなイベントだったわけだけれども、まあそれでも何事もなかったかのように時間は進んで行く。
その現実に改めて気付かされて、私も私で少し落ち着いてきた。
「名前、放課後時間ある?映画見ない?」
「映画?なんの?」
「いっぱい猫が出てくるやつ!」
「いいねえ、癒されたい!」
「でしょー!ストレス多き高校生には猫の映画よ!」
昼休み、昼ご飯の後にそんな会話をしていた。
変に気を遣うでもなく、友達はこうしてさりげなく私のリフレッシュに付き合ってくれている。いい友達だ。
このままこうやって過ごしていくだけでも高校生活は十分楽しいだろう。
そう思っていたのに。
「名前ちゃん、なんか三年生が呼んでるんだけど…」
クラスメイトに声をかけられた。教室のドア付近を見ると、気の強そうな上級生の姿が見てとれた。
「…はは、なんだろうね、ありがと」
校則違反の化粧をがんがんに楽しみ、精一杯おしゃれしている気の強そうな女の先輩が私に用なんて、そんなの一つしか見当たらない。
私のことを心配した様子で声をかけてくれたクラスの子に返事を返して、その待ち人のところへ向かった。
相手は一人かと思ったが、彼女の後ろにいてこちらを見ている三人も、どうやら彼女の連れのようだ。
上履きのラインの色は、彼女たちが紛れもなく三年であることを示している。
「苗字ですが、何のお話でしょうか」
面倒くさそうだなとは思った。
でも別に、怖いわけではない。
人気者のあいつと付き合っていた私をよく思わない人がいるのは知っているが、二年の教室の前で偉ぶっている三年をよく思わない人だっているのだ。この状況で分があるのはどちらかというと私の方だと思う。
廊下にいる他の生徒たちも気になるようでこちらを見ているが、その中には三年に向けた鬱陶しそうな視線も含まれていた。
「話あるんだよね。ちょっと来てよ」
頼む側のくせしてやけに偉そうだなと、余計なことを考えてしまった。
ただ、嫌ですと言ったところでこっちの話を聞く気はなさそうだということはよくわかった。
ここでやりあっていては他の生徒の迷惑だし、騒ぎになるのは更に面倒に思われた。
…そうしたらもう、彼女たちについていくしかないだろう。
仕方なく、私は彼女たちについていった。
* * *
連れてこられたのは例によって屋上だった。こういう状況では屋上を使うと相場が決まっているのだろうか。
不機嫌そうにこっちを見る先輩たちには申し訳ないが、こちらは呆れる一方だ。
「それで、話っていうのは」
連れてきたくせに話し出そうとしない彼女たちに代わって、私が話を切り出した。
ここまで来たんだからさっさと話してくれ。
面倒くさい。
「じゃあ、言うけど。あんた、ローくんに何か告げ口でもしたわけ?」
――は?
うっかり声に出すようなことはなかったが、その声は代わりに顔に出ていたらしい。
さぞ生意気に映ったらしく、先輩方の顔に不機嫌さが増す。
「あんなに仲良くしてくれてたのに、あんたと別れてからローくんがおかしいわけよ」
――だからなに
内心のつっこみが止まらない。
この人たちは何言ってるんだ。そんなこと私に言って何したいわけ?
ああ、告げ口の話か。
告げ口なんかするか。ていうかなんの告げ口だよ。こちとら着拒の上、会いたくもなくて話したくなくてやっと決心ついて話つけてきたばっかりなんですけど。
「告げ口?私、別れたんですよ?一切連絡とってないし話してもいないし、てか話したくもないし」
そう言えば、後ろにいる三人がこそこそと話し始める。
言いたいことあるならコソついてないで言ってくれ。
「じゃあなんなの、何であんなに変わっちゃったわけ?」
「本人に聞いたら良いじゃないですか」
っていうか、変わったって何が。
私は今も女の子たちとよろしくやってると思ってたんだが。
「変わったことは知ってたわけ?」
今までだんまりを決め込んでいた後ろの三人のうちの一人が睨みながら声をかけてきた。
今まで話していた“連絡係”よりも凄みがある。こっちがリーダー格なんだろう。
「知りませんよ。何が変わったって言うんですか……どうでもいいけど」
相手の眉間にしわがよる。最後に言ったどうでもいいけどという言葉が気に食わなかったらしい。きっと何でも、とってつけたような、わざとらしい言葉に聞こえるんだろう。
「どうでもいいなら教える必要もないけど、教えてあげる。彼、男も女も、寄せつけなくなったの。まるで一年前に戻ったみたいでしょ」
へえ、そうなんだ。私と別れたんだし、仲良くし放題なのに意味わからないな。
ってか別れてからやめるって本当に意味わかんないわ。
私が思ったのはそれくらいだった。
「なに、何でもないように装って。いい気になってんじゃないの?あんなにいい男が、こんな大したことない女に振られて、そんな状態になってるのが」
大した反応がないのも、彼女は気にくわないようだった。
こっちが何も言わないことをいいことに失礼なことばっかり言って。大したことない女なのは事実だけど。
別にいい気になんてならない。お高くとまってるつもりもない。
なんていうのは彼女たちにはきっと伝わらないんだろう。
「これもあんたの計算のうちなの?別れ話するのも先送り、ようやくわかれたと思ったら、彼をあんな状態にして、ショック受けてる彼を見ていい気になってるんでしょ?あんな状態になっても他の女に乗り換えない彼に安心でもした?いい男をキープしてるつもりでいるわけ?早く彼を解放してあげたら?」
ひどい言われようだ。
計算なんかする余裕ないわ。
別れ話なんて確かにする気なかったけど、それは会いたくも話したくも関わりたくもなかったからで、仕方なくだ。
ショックを受けてるあいつなんて知らない。初耳だ。でもだから何って感じ。先に傷つけられたのはこっちなわけだし。
あいつの状態を今現在初めて知ったので、安心とかするわけないし、というか安心ってなんだ。するか。
キープ?関わりたくないのに?意味がわからない。
早く解放しろだあ?なんならすでに解放したわ!それにそもそもあいつと私の問題であって、そこをあんたたちがどうこう言える立場じゃないだろうに。
いちいち面倒くさい。
「まず、ひとつ。私はあなた方の恋路を邪魔するつもりは毛頭ありません。次に、今までケリをつけられなかったのはもう一切関わりたくないほど傷ついていたからであって、キープとか安心とか、そんなもののためではありません。実際、もう別れたし。最後にもう一つ。何でもかんでも私のせいにしたいならどうぞ。でも、別れる原因をつくったのはあっちだし、彼が先輩方が言ったような状態になっていること自体、私には意味がわかりません。だって別れたんだから、手出し放題でしょ?なんでそんな状態になってるのかは、彼に聞いてください。別れた大したことない元彼女に聞いたところでわかりませんよ」
これで聞かれたことには答えを返したはずだ。
これで満足しないならもうどうとでもなれ。
まあどうせ満足しないんだろうけど。
案の定、何を生意気な、というような目でこちらを見ている。
生意気?結構。これが事実で、その事実を受け止められてないのはあなたたちです。
「そういう態度、とるのね」
リーダー格が言った。
「態度もなにも、これが事実です。嘘は言ってません」
間違ったことを言っていないのになぜ怖気付く必要がある?いや、ない。
「ローくんが人気あるのは知ってるでしょ。ファンクラブもね、表に出てないだけであるのよ」
ファンクラブね。よく言うよ、表しか見てないだろうに。
「私たちはそれを取り仕切ってる」
ファンクラブの人たちもかわいそうだ。上がこんなじゃたまったもんじゃない。
「あんたをよく思ってない子なんて、たくさんいるの」
「知ってますけど」
口に出ていた。
相手に怒りがにじみ出ている。
「まあ別れたところで、あなたの状況がよくなることはないと思うけど」
リーダー格が鋭く言い放って、屋上を出て行くと他の三人もそれに続いてこの場を後にした。
「なんだあれ、捨て台詞か」
実に馬鹿馬鹿しかった。
恋とは人をあそこまで貶めてしまうのか。盲目とは恐ろしい。もう高校生だぞ?いいのかあれで。
はあ、とため息が漏れた。
上履きがなくなるとかしたら嫌だな、とぼんやりそう思った。
15.疲れる。
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