さて、どうしようか。 | ナノ

「また呼び出しかよ」
「名前お前の旦那は本当によくモテるな」
「旦那ネタいつまで引きずる気なの……」

相も変わらず、ローはよくモテた。
昼休みも放課後も呼び出されるし、廊下では知らない女子にまで話しかけられてうんざりしているようで、二人きりになれば鬱憤を晴らすように私をそばに置きたがるわけだが、さすがにこの間の平手打ちが効いたのか学校で手を出してくることはなくなったのでとりあえずそのままにしている。

それでも別に悪いことばかりではない。
クラス行事や委員会やらのことでローに話しかけらづらかった子たちも、今ではやりとりをしているところを見かけるし、こういう声掛けならロー自身も煩わしく思わないようで、総合的に見て人当たりが丸くなったと思う。

「性格は置いといて、あの顔とスタイルだからしょうがないよ」
「とか言いながら、名前は顔とかスタイルとかよりそのやや難ありな性格に惚れたんじゃねェの?」
「……………」
「ノーコメントかよ!肯定と受け取るぞ!」

なんだよなんか言えよと迫ってくるシャチを横目で見てから溜め息をついてそのまま窓の外に視線を映した。

――その通りだよ、馬鹿

所詮、いくら容姿がよくたって、そのひとの欠けた部分を好きでなければやってられないことはいくらでもある。
ローは結構不器用だし、かまってちゃんだし、面倒だと思う反面そこが愛おしいのだから仕方ない。
そういう面では私も“やや難あり”なのだ。
でもまあ、人間だれしもそういうものだと思っている。

「今日のも結構長いな……」
「粘ってんのかァ…?ローはそうそう心変わりなんかしねェのにご苦労様なこって……」
「二人は帰んないの?ロー待ってるのは私だけで十分だよ、その後のローのお守りも含めてね」

もう放課後。部活や委員会で用のない子たちはみんな帰っているような時間だ。

「おれらはァ、ローに言われてここにいるわけ」
「は?」
「おいシャチ、」
「いや、だってやっぱり不自然だろ?ばれたって怒らねェよ、ローは」
「……どういうこと?」
「ローはさ、お前に変な虫が寄り付かねェか不安なの」
「まあ、名前は警戒心も薄いしな……」
「それって、痴漢の一件のこと言ってんの?」
「それも含めて。特にお前が告白されてから気が気じゃねェって感じ」

ローはまだそれを気にしてるのか…。あんなのあったことの方がおかしいのに。

それを聞かされてまた溜め息がもれたわけだが、さすがに遅いし、このままでは二人も帰れないので様子を見に行くことにした。
シャチには「おま、…ばれないようにしろよ」とやけに怖気づいたように言われたが、ペンギンは面白そうに笑うだけだった。

はっきり言って、彼氏が告白されている場面に赴く彼女もどうなのかと自分でも思う。
でも彼女であるからには惚れるわけもわかるわけで、ある意味同じような考えの持ち主であるのではないかと思うと変に敵意もなく、むしろ仲間のような身近な感じがしてならない。
多分そういう考えがペンギンの言う警戒心の薄さの一つなのかもしれないけれども。

階段を下りて、裏庭に向かうための渡り廊下を通ったとき、その窓から、もう一方の渡り廊下を私たちのいた教室に向かって歩いているローが見えた。
引き返して、そのもう一方の渡り廊下に小走りで向かう。
目的の渡り廊下に差し掛かったとき、ローはその廊下を足元を見ながら歩いていた。
私の存在に気付いていないだろうと、声を掛けようと口を開けたとき、綺麗な、かわいい声がローの名前を呼んだ。

「トラファルガーくん!!」

その声に振り返ったローに、私ははっとして、すぐにその身を曲がり角に引っ込めた。

「話はもうついただろ」
「でも、私…やっぱり、」

隠れる前にかろうじて見えたその女の子は、可愛いで有名な、五組の相川さんだった。

「諦めるのか諦めないのかはあんたの自由だが、しつこいのは好きじゃねェし、おいそれと他のやつを好きになることもねェ」
「わ、私の方が、トラファルガーくんにはふさわしいとおもう、から、」
「さっきも言ったが、あいつの何を知ってそういうことを言うんだ……?自分自身の過大評価もいい加減にしろよ」
「トラファルガーくんこそ、名前さんのこと……過大評価しすぎなんじゃ、ないの…?」
「好きなやつなんだから他の女よりもよく見えるのは当たり前だと思うが」
「じゃ、じゃあ、」
「だから、お前は名前と同じ土俵にも上がれねェって言ってんだよ」

話せば話すほど、ローの声の温度が下がっていった。冷たく、鋭い。
その後二言三言のやり取りをすると、すすり泣きながらパタパタと走り去る音が聞こえた。

――ローは毎回あんなかわいい子たちから告白を受けてるのか……

相川さんが走り去った今胸に占めるのは先ほどまで感じていた、ここにいるのがばれているのではないかという不安とは全く別のものだった。あんなかわいい子をふるなんて、ローも物好きだなあ、なんていうのはただの強がりでしかない。正直、来なければよかったと思った。自分の彼氏が告白されている場面なんてやっぱり見るもんじゃない。

抱えた膝に、顔を埋めて、急に感じた焦りをやり過ごそうとしていた。

「教室で待ってるはずじゃなかったか」

真上から聞こえた声にどきりとした。

「……お、遅いので、様子を見に、来まして……」

驚いたのと、今感じている不安とで、声が震えそうになったのを必死にとどめたものの、たどたどしさはどうにもならなかった。

「き、気付いてた…?」
「角に引っ込んだのは見えてたからな」
「あ、そうでしたか……」

相変わらず顔は上げられなかった。

しばらくそうしていると、ローが私の隣に腰を下ろした。

「……どうしたんだよ」

ぶっきらぼうにローが声を掛けてくる。心配されている。心配されているが、この状態の私をどう扱っていいかはかりかねているのだ。他の人にはわからないだろう程度にやさしさがにじみ出ている。
私はようやく膝に埋めていた顔を上げて、ローの方をちらりと見た。

ローの顔は私が想像していた以上に心配そうだった。
場違いだな、とは思った。思ったがその顔を見て、ああ、すごく好きだなと、改めて思ったのだ。
私は隣にいるローの首に手を回して、ぐっと抱きついた。

「……ロー」
「…なんだよ」
「ローの家、今日お母さんいる?」
「今日はいねェよ」
「ローの家行きたい」

ローの方腕が私の背中に回り、もう一方の手が私の髪を梳いた。
より近くなった距離に私はすごく安心して、少しの間、私たちはずっとそうしていた。



* * *



なかなか帰ってこない私たちにシャチもペンギンも何かよからぬことが起きたのではないかと心配していたし、帰りの道中も私の口数がいつもより少ないので余計な気を遣わせてしまった。ローは何も言わなかったが、いつもよりしっかりと手を握っていてくれていた。

着いたローの家では、別に何をするわけでもなかった。テレビを見るでも、雑誌を読むでもなく、話をするのでもない。ただ二人してソファに座っているだけだ。
さすがにローはそれにしびれを切らした。

「名前。言わなきゃ、わかんねェぞ」

ローの左手が、私の右手に触れて、手の甲をなぜる。
私は何と言えばいいのかわからなかった。
ただ、私の身体は私の意思と関係なく、したいように動いた。
私の右手を撫ぜていたローの左手に指を絡めて、この間はあんなに恥ずかしがっていたのに何の抵抗もなくローの腿に乗り上げ、その胸に顔を埋めた。
さすがのローもこれには驚いたようで、ぴくりと身体を震わせた。

「……よく、わかんない」

思っているままに答えた。
この持て余している焦りと不安はなんなのか。どうしたらなくなるのか。
ローの左手が髪を梳いたと思ったら、頬を撫ぜてきた。

「……妬いた?」
「やく…?」
「嫉妬、したのか?」
「……嫉妬、――」

嫉妬、というより、怖さかもしれないと思った。ローが離れていってしまうんじゃないかと、平々凡々の私なんか置いて、かわいい子のところにいってしまうんじゃないかと。
いつそんな状態になったっておかしくないのだ。私はそういうところの危機感がなかったのかもしれない。

「ロー、」
「ああ、なんだ」
「――すき」
「……珍しいこともあるんだな」
「いいでしょべつに」
「悪いなんて一言も言ってねェよ」

ゆるく笑うローに、無性にキスしたくなった。これはさすがに自分でも珍しいと思わざるを得ない。
今なお絡んでいる指先にきゅっと力が入って、左手の親指で、そっとローのくちびるをなぞった。

「……名前、ん、」

ついばむように、何度もふれた。ローの指先にも力が入る。

「――やっぱり、嫉妬したのかもしれない……」

ローとこうしているのが幸せだった。離しがたいと思った。
他の女の子たちの方へ行ってほしくない。

「あんまかわいいこと言うんじゃねェよ……調子狂う」
「たまにはいいでしょ」
「食いたくなる」

そう言いながらもローからおくられたのはふれるだけのやさしいキスだった。

「……た、まには、食べられてあげなくもない、けど、」

恐らく真っ赤な顔のまま、ローの目もろくに見ずそう言えば、ローは黙り込んだ。
ちらりと横目で見てみれば、口元を抑えて私とは反対の方を見ている。むき出しの耳が赤い。

それを見て、私の顔がさらに熱くなったのか言うまでもないだろう。




12.嫉妬する。




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テーマ「人外ファンタジー」
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