さて、どうしようか。 | ナノ

学校帰りにローの家に寄ることは最早当たり前のことで、寄らない方がおかしい、というような流れになってしまっているのがつくづく納得出来ないのだけれど、強面のわりに寂しがり屋な彼氏のことを考えると仕方のないことなのかもしれないと思ってしまう分、私も大分奴に絆されていると思う。

周りの目なんか全く気にしないで堂々とつながれた手。その割には触れた部分から必死さが伝わってくるから笑ってしまう。誰が離すもんかと、雄弁に語るようで、その上意外と繊細に扱われるものだから、変に照れる。こちとら手のつなぎ方ひとつで壊れるようなか弱い作りはしていないのだからそんなふうに扱われなくても大丈夫なのに。

そんなことをシャチとペンギンに話して、ペンギンは苦笑、シャチには「のろけか、この野郎!!」と怒鳴られ泣かれたのは今日の昼のことだったけれど、やっぱりその通りなんだよなあ、と今現在つながれている手を見て思う。

黙ってつながれた手をひたすら眺める私を変に思って、「なんだよ」と声がかかっても「別になんでもないよ」と目を見て返すとほっとしたのか何を言うこともなく前を向いた。

もはや通い慣れたローの家であるこのマンション(億ション?)は、相変わらず有名ホテルのようにきらびやかだけれど、慣れてしまったので前ほどビクビクせずに平静を保っていられる。…慣れとは恐ろしいものだ。

そう、だから慣れてしまっている私が、いや、私たちが、どうしたら今のこのような状況を理解出来ようか(いや、出来ない)。

「あら、ロー、早いのね!おかえり!……あら、そちらは?」

……これは、

「………は?」
「は?じゃないわよ、母親に向かって……っあ!この子ね!?あんたの部屋にあった写真の子でしょ?いやあ、あんたに彼女が出来るとはねえ……」

ちょっと、

「……なんでいるんだよ」
「なんでってここは私の家でもあるんだから当たり前でしょ」
「何も言ってなかっただろ」
「家帰るのに一々あんたに言わなきゃいけないのっておかしいわよね?」

まずいんじゃなかろうか。

「わ、わたし、かえり、ま、」
「おい、名前、」
「やだあ、名前ちゃんていうの?可愛い!私も女の子欲しかったのよねー!!ほらいつまでもそんなところいないで、上がって?」
「え、いや、私、帰ります!」引き留めないでほしい、そして何であんたにそんなに睨まれなきゃいけないのかちょっとよくわからない!

「せっかく会えたのに!おしゃべりしましょ?ね?あ、ロー、お茶っ葉切れちゃったのよ。買って来てくれない?」
「自分で行けばいいだろ」
「久々に家帰ってきてのんびりしてるんだから代わりに行ってくれてもいいんじゃない」
「後で行く」
「だめ、今」
「……何でだよ」
「名前ちゃんに出すお茶がないもの」
「いえ!私!帰りますので!親子水入らずでどうぞ!!」
「そんな寂しいこと言わないで!」

ローのお母さんに手を握りこまれていよいよ挙動不審が過ぎるようになったとき、ローが止めに入る。

「…母さん」
「ねえ、ロー」
「………なんだよ」
「私、名前ちゃんと二人っきりでお話したいことあるから外行くついでにお茶っ葉買って来て」
「そんなこと言われて素直にハイって言うと思ってんのかよ」
「思ってないわよ、でも、行って。……名前ちゃん、私と話するの、嫌?」

ひいいいいいい!!そんなこと聞かないでください!!

心の中で叫んで、なんの対応もとれないまま状況だけが悪くなっていく。

「名前、」
「名前ちゃん、良いわよね?」

もうこれは、逃れられないと骨の髄から感じた。

「……ハイ、ダイジョブデス」

引きつった笑みを浮かべながら、きっとこの美しく賢い女医さまであるローのお母さまに、酷くいじめられるんだろう。人生、ここまでか。
ローも心配して渋ってくれたけど半ば追い払われるように外に出て行ってしまった。

「はい、名前ちゃん。紅茶」
「あ、ありがとうございま、……え、こ、紅茶、ですか、?」
「あら、紅茶、嫌いだった?」
「お茶っ葉、なかったんじゃ、」
「ああ、あれね!咄嗟についた嘘だから何でもないわ!」

嘘、とは。
これはいよいよ本当にいじめられフラグなのか。
思わずじっと、ローのお母さんを見てしまった。

「やだ!そんなにビクビクしないで!本当にちょっと話してみたかっただけなのよ。あんな息子が、すごく大切にしてるみたいだから」
「あ、いえ、あの、その、」
「あんな息子、なんて言っておいてね、実際、出来のいいあの子に頼りっぱなしなんだけど」
「……………、」
「自分の息子を出来のいいなんて親馬鹿もいいところだけれど、実際手のかからない子でね。私は今の仕事を生きがいと思ってるから、母親になっても医者を辞めたくなくて。夫も、それで良いんじゃないかって言ってくれたから、仕事には、普通のお母さんたちと比べたらずっと早く復帰したし、小さいときからあまり構ってあげられなくて。でも、本当に手のかからない子だったのよ」

私と話したいというより、話を聞いてほしい、のだろうか。

「あの子には本当に悪いことをしたと思ってるわ。甘えたい盛りに、甘える先がなかったんだもの」

それは本当に申し訳なかったと思ってるわ、とローのお母さんが言う。

「だから、あなたにはすごく感謝してるの。こんなことを言うのはおかしいってわかってるんだけど、あの子の甘える先があって、よかったって。…安心したの」

先日、学会が終わりようやく一息ついて帰宅した際、それは昼間で、もちろんローは学校で家にはいなかったわけだが、何とはなしにローの部屋を覗いたのだという。
息子の部屋が散らかっていないのはいつものことだが、気になるものが机の上に置かれていた。

「あなたと一緒に写ってる写真だったの」

置かれた写真は写真立てに入れてあるわけでもなく、ただ無造作に机の上に置かれているだけだったが、右端によれた跡があったらしい。

「そうやって、気付かないうちに何度も見ちゃって、持ってたところがよれたのね、きっと」

いじめられるなんて、とんでもない私の勝手な被害妄想だった。
でも、そう考えてしまった私の気持ちも分かってはほしい。だって、彼はあんなにも頭がよく、運動神経もよく、あらゆる家事をこなし、非行にも走らず、多分、親に文句も言ってないんじゃないだろうか。まあ多分、本人に聞いたら「文句言うほど家にいねェし、うちの親」とか言いそうではあるけれども。それでも、可愛い、愛しい、出来の良い息子であることに変わりはない。

息子の話をする、ローのお母さんの表情は穏やかで優しかった。きっとこういう表情を慈愛に満ちた、というのだろう。
でもどこか、それはかげって見える。

「あっという間に成長して…いつの間にあんなに大きくなったのかしら…。そうして、また、きっと私の知らないうちに、巣立っていくのね」

それはきっと、寂しさのせいだ。もしくは後悔か、悲しみか、あるいは全部の。

「やだわ、私ばっかり話しちゃって…!ごめんなさいね、しかもなんか辛気臭くしちゃって!」
「……いえ、」

ローは、確かにすごく優秀だけど、完璧に近いひとだけど、もちろん完璧ではない。
その“手の掛からなさ”ゆえに、一人でいる時間が長すぎた。家族というものに、慣れていないのだ。それは、家族の関わらない、学校での日常でも感じることがある。

「ローは、すごく優秀で、気遣いもできる、私にはもったいないくらいの彼氏です。でも、“手の掛からない”なんてことは、ない、です」

人間関係に、不器用なところ。でも、シャチやペンギンのような大切なひとたちは、本当に大切に扱う。それは、独りだった時間の反発なんだろう。

「人と接するのに不器用で、寂しがりで、甘えたがりで、」

離れるなと言う。「一人にしないでくれ」は言えないのだ、恐らく。縋ることが迷惑にもなり得ることを十二分に理解しているから。
大切なひとだからこそ。そう、父親や、母親に対しても同じ。

「大切な人の迷惑になりたくないからって自分のわがままも言えない、すごくやさしいひとです」

私は、間違っていたら間違っていると言う。相手が誰でも、伝え方さえ間違わなければ、ちゃんと伝わると思っているからだ。
大切な人ならなおさら。彼のお母さんならなおさら、わかってほしい。いや、きっとわかってくれる。

「知らぬ間に成長している息子を見て、寂しいと、悲しいと思うなら、……そんなに愛しているのなら、もっと一緒に過ごしてあげてください」

親からもらう愛に代えられるものなんてない。
私なんかが補えるものではないのだ。

「今更遅いんじゃないかと、悩んでためらっている時間がもったいないと思います。今更遅いなんて、そんなの絶対にない。愛してるって、ちゃんと伝えてあげてください」

びくびくしていたはずなのに、気付いたら真っ正面からしっかりその目をとらえながら啖呵きってる自分がいて今更ながら全身を寒気が襲う。

「あああ、あの、いや、その、これは、」

何の言葉も返ってこないローのお母さんを前にして、冷や汗をだらだら流していると、

「名前!!」

ばん、とリビングの扉が開いた。
ローの姿を確認すると同時に私は目の前に座るローのお母さんにすばやくお辞儀をし、「出過ぎたこと言ってすみませんでした!お邪魔しました!!失礼します!!」と叫ぶように言ってローの真横を通り過ぎ、一目散に逃げ出した。


疾風のごとく退散した私を唖然として見ているしかできなかったローがお母さんを睨み、何したんだよ、と低い声で尋ねる。

「あなたの話をしていただけよ、お互いにね」
「は?じゃあなんであいつは、」
「あんな子、なかなかいないわ」
「どういう意味だよ」
「絶対逃しちゃだめよ、って意味」

そう言って彼のお母さんがやさしくほほえんでいたなんて、もちろん私は知らない。



11.伝える。



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