さて、どうしようか。 | ナノ

そう、それは昼休みのことだった。

「俺、苗字のことがずっと気になってて…」

呼び出しのメールが来て、その時になんとなく展開は読めていたけれども、まさか本当にそうなるなんて思ってもみなかった。

「もし良ければ…付き合ってください!!」

モテる女子ならまだしも、私なんかが、「呼び出し=告白」なんて方程式を立てていたら、自意識過剰というものだと、そう思っていたからだ。

「え、…っと…」

よくよく考えてみれば、目の前にいる同クラスの男子とはよく話す仲だった。夏休み後の席替えで、不正を働こうとするあの馬鹿を押さえつけ、公正に行われた結果隣の席になったのだ。

よく話す、と言っても友達の域を出ないし、そもそも、私から話すより向こうから話しかけてくることが多かった。
…つまり、そういうことだったのだと、今更ながら思う。

「あの…気持ちは嬉しいけど、受け取れない。ごめんね」

まさか自分の身に起こることとは思えなかったので、返事もありきたりなものしか返せない。少し悲しそうに、申し訳なさそうに、彼は佇んでいる。きっと、断られることも何となくわかっていて、断る私の気持ちもわかってくれていたんだと思う。

「理由、聞かせてもらってもいいか?」

彼氏がいるから、とだけ答えた。

「…そっか、そうなんだ、」

そう言って、彼は笑って見せた。その表情は苦さを隠しきれなかった。

「…うん」

時間とらせて悪かった、仲良くやれよ、と言って、彼は去っていった。



* * *



「帰るぞ」

放課後になるなり、私の席まで来て、帰り支度を終えたばかりの私の腕をローは思い切り掴み、ぐ、と引っ張る。

今まで、こんなことはなかった。
ローは授業は大体寝ているし、放課後になっても私が起こすまで寝ている。寝起きが最高に悪いので、誰も起こそうとしないのだ。親切心から起こそうとした男子がその後半殺しにあっているのをこのクラスの人々は知っている。
だから、放課後、ゆっくり帰り支度をして、クラスに全く人がいなくなってから、ローを起こしにかかるのだ。帰り道だって、時間が中途半端だからうちの学校の生徒はほとんどいない。今は席が離れているから休み時間だって話したりしないし、みんなが知っている私たちは、「仲が良い」の範囲を超えないはず。きっと私とローが付き合っているなんて思いもしない人がほとんどだ。というか、そんなに大っぴらに知られたくはないと思っている、のに。

「ちょ…、いった、なんなのいきなり!!」
「うるせェ。帰るぞ」

なのに今日は、授業も起きていたし、放課後になるなりこんな状態だ。女子の視線が少し痛い。男子も驚いている。
そのまま、引きずられるように学校を出た。

「ちょっと、ほんと、どうしたの、」

いつもより人のいる道。その中を構わず進んでいくロー。もちろん腕は強く掴まれたままでぎりぎりと痛む。

さっきから話しかけても返してくれないのだ。何かしらに怒っているのはわかるが、何に対して怒っているのか全く見当がつかない。

不安だ。

ローをこんなに怒らせたことなんてない。原因がわからないのに謝るのも何か違うし、だからってこの状態が続くのも嫌だ。

そうしてぐだくだ考えて、結局何の行動も起こせないまま気付けば最寄り駅、あっという間にローの家。目の前のドアはあっさり開いて、リビングに辿り着く前に別の部屋に引っ張り込まれる。

「ろ、…う、わッ」

放り込まれてベッドに倒れ込む。

「いっ…な、にす、…え」

ぎし、とベッドが軋んだ。その音に顔を上げると目の前にローの顔があった。

「ろ、ロー?」
「…………」

何も答えないローに不安が募る。表情からは何も読み取れない。

「……お願いだから、何か言ってよ、」

怖い。ローがわからなくて、怖い。
何だか泣きそうだと思った。

「………昼休み、」
「え?」
「昼休み、あいつと何してた」
「…え、…あ、見て、」
「男と二人で何してた」
「何って、」

ローがまさかあの場面を見ているとは思わなかった。
それにしても、告白されてました、なんてどんなふうに言えばいいのか。直球で言えるような雰囲気でもないし、何しろ恥ずかしい。

「大したことじゃ、」
「…………」

そうしてはぐらかそうとしたが、その方向性は間違っていたらしい。飽くまでも言わなければならないようだった。
無言が、ローの怒りをありありと語る。

「…呼び出されて。告白、された、けど、断った、」

ローからは何の反応もない。不安ばかりが心を染めていく。あまりに怖くて、触れていいのかわからないが、少しでも安心したいと不意に腕がローに伸びた。
しかし、頬に触れる直前にためらう。

「何を、怒ってるの?言ってくれなきゃわからない。私、何か悪いことした?」

結局触れずに下ろそうとした手に、ローの手が触れる。

「……名前」
「………?」
「…お前はおれのことをどう思ってる」
「どうって、」

指が絡まる。

「ローは…、…私には勿体ないくらいの彼氏」

恐る恐る目を覗くと、先を促された。

「だから、不安なんだよ。別れるときは、ローが離れていくんだろうなって。今も、話してくれないからすごく不安で、」

そう言うと、絡められた指に力がこもる。

「でもそれだけ好きなんだって、そう、思って、る」

まさかこんなことを言うことになるなんて。恥ずかしくて仕方ない。でも、いくら恥ずかしくても言わなきゃいけないときがあると思う。今がまさにそのときだと、そう、思いたい。

「……わかってねェな」
「…は、い?」
「お前はほんと、わかってねェ」

そう言うとローは繋いでいない方の手を私の腰に回した。ぐっと距離が詰まる。

「そういう不安が、お前だけだと思ってるなら見当違いだ」

そのまま、抱きしめられて、耳元でローの声が響く。いつもの自信のある声じゃない。不意にかけられる甘い声でもない。真剣で、繊細で、頼りなくて、壊れそうな、聞いたことのない声。

「怒ってるってのも違う」

しがみつくように抱きしめられた。

「おれは、嫉妬してんだ」

嫉妬。頭の中で反芻した。何度も何度も頭の中を駆け巡って、それはようやく落ち着いた。ローが、あのローが、告白されている私を見て、嫉妬したのか。

「―――…う、そ…、」
「こんなときに嘘なんかつかねェ」
「いや、だって、…だって、ローじゃん、」
「おれだから、って何だ」

ローが?そんな、だって、私みたいな平々凡々なのが告白されるなんてまず極まれなことで、そもそもこいつと付き合ってること自体が奇跡で、ローが嫉妬するなんて全く必要ないのはず、だ。

「ローが嫉妬、…やきもち、…」
「…おい、いい加減にうわ言みたいに繰り返して言うのやめろ」

顔を上げたローと目が合う。その瞬間に、つないでいた手を離し、両手で顔を覆った。

「…お前、顔真っ赤」
「………見ないでよ」

感じる視線に、文句を言った。

「なんで」
「恥ずかしい」
「何が」
「何が、って、……」

ローにそんな、嫉妬されるなんて。
なんてこと言えない。
思い出して余計に顔が熱くなる。沸騰して死にそうだ。

「名前、」
「……………」

ローの手が、両手にかかる。抵抗したけれども、懇願するように名前を囁かれると両手の力はあっという間に消えてしまった。
遮るものは何もない。せめてもの抵抗に、視線はずらした。

「ローが、ローが嫉妬なんて、しなさそうなのに、なのに嫉妬したなんて言うから…!直接『好き』って言われるより『好き』って言われてるみ、た…い、…――もういいでしょ!腕離して!!もう無理!ほんと無理!!勘弁して!!」

恥ずかしくて泣きそうだった。こころなしか、目が潤んでいる気がする。

「…そうか、」

両腕は離された。自由になった手は、力なくベッドに落ちる。そして息つく間もなくローの両腕が顔の両脇につき、触れそうな距離にローの顔が迫る。目が合ってしまった。

「嫉妬した、…いや今もしてる」
「…も、いいから、」
「今まで、したことなんかなかった。それほどお前に、惚れてるってことだ」
「だから、もういいって、」

いくら遮っても、ローは言葉を紡いできた。ローは必死で、私も必死だった。

「自信、持てよ。言ったろ、お前しかいらねェって、」
「わかったから…!」
「わかってねェだろ、全然」
「ろ、」
「だから、他の奴なんか見んな、」

ローの声が掠れている。

「おれだけ見てろよ、」
「―――、……」
「あんまり、妬かせんな」

その言葉を聞いて何も言わなくなった私の目をしっかりと見つめて、反抗の意思がないことがわかると、前に掴んでいた私の手首に唇を寄せて、労るように撫で始めた。

びくりと震えた私を目で制し、今度は舌でなぞると、最後にキスを落としてまた向き合う。

「…こわかった」
「悪い…怖がらせるつもりはなかった」
「この、馬鹿やローが」
「ん」
「怒ってるんだと思って、必死にどうするか考えてたのに」

ローは優しく髪を梳いてくれる。表情からも愛しさが滲み出ているような気がして、文句を言いながらもそれに甘える。

「もう駄目かと思った」
「駄目なわけあるかよ」
「……自信ないもん、やっぱり」
「おれだってない」
「え…」
「だから、嫉妬するんだよ」

ローにゆっくりと抱きしめられる。
耳元で小さく囁かれた言葉に思わず心臓が跳ねた。

「傍にいろ。頼むから、おれから離れんな」



8.目撃する。



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