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  みっともなく足掻いても


1981年10月31日

鉛のように重い目蓋をこじ開けるとベッド脇にある時計の針は既に正午を過ぎていた。前日の戦闘のせいか身体は重く起き上がるだけで辛かった。予定より大分遅い時間だった事でライムの胸にじわりと焦りが生まれる。

「……日が暮れるまでには行かなくちゃ」

手紙が来ていないところを見るとダンブルドアは今日も城には戻らなかったようだ。随分前から話をしようとしているのだが、まるで何かに阻まれているように連絡がつかなかった。タイミングが悪いにしても不自然で、更に焦りは加速する。急いで身支度を整えるとふくろう便を各所に飛ばしてライムは城を後にした。


空はのしかかるように低く、雲は分厚く重かった。時折走る雷光は何処か不吉で微かに聞こえる遠雷が耳の奥をびりびりと揺らす。ホグワーツを出てライムはホグズミードの外れまで一気に走った。敷地外に出れば姿くらましが使えるが出来れば人目に着かない方がいい。追っ手が付かぬよう何度か別の場所を経由してライムがようやくゴドリックの谷に着いた頃には既に陽が傾き始めていた。

ここに着くまでに何度か死喰い人に行き遭った。待ち構えるように進路を塞ぐ死喰い人は数が多くて手強かった。何とか撒けたが左手は痺れが残っていて上手く動かないし呪文が掠めた頬は引き攣れて痛む。ぴりぴりとした痛みに顔を顰めつつも周囲に気を配り、ライムは足早に歩き始めた。

夕暮れは瞬く間に世界を赤く染め上げた。所々雲が晴れた空は不吉な程に赤く、急速に色は深まり東の方から夜が迫って来る。それに背を押されるようにしてライムはポッター家へ向かった。

見慣れた小道を抜けて玄関へと駆け寄ると、ライムはドアノッカーを強く叩いて声を上げる。

「リリー、ジェームズ!開けて!」

ガチャリと音を立てて開いたドアの向こう側に立つのはジェームズだった。

「ライム……?一体どうしたんだい、こんな時間に」

ぱちぱちと瞬くジェームズはライムの姿に驚いていた。油断無くライムの背後へ視線を走らせ人影が無いのを確認すると、安堵したように小さく息を吐いた。

「大丈夫?追われたのかい?」
「途中でちょっとね。けどここに来るまでにちゃんと撒いて来たから平気よ。それより…」
「ジェームズ?もしかしてライムが来たの?……って、まあ、怪我しているじゃない!早く中へ入って!」

ジェームズを押し退けて出てきたリリーにぐいっと腕を引かれてライムは玄関へ入る。室内の明るさに目が眩む。手当を、と部屋の奥へ招こうとするリリーを押し留めて、ライムは「時間が無いの」と切り出した。ただならぬその様子にリリーもジェームズも動きを止めて困惑した。

「ライム?」

ライムの顔色は青ざめて、唇は情けない程に震えた。今から告げる事を信じてもらえるかはわからない。けれど告げなければ、あの結末を辿ってしまう。

「二人に、警告をしに来たの」

窓の向こう側は既に真っ暗で、びゅうびゅうと鋭く渦巻く風の音がする。

「忠誠の術は破られたわ。もうじきここに、ヴォルデモートが来る」

────平穏の崩れる音がした。

「……え?」

ジェームズは戸惑った声を上げた。渇いた笑い声を上げて額に手を当てると、よろめくように一歩後退る。

「何、言っているんだい?ライム」
「ジェームズ……」
「だって、ここには保護呪文が掛けられているんだよ?秘密の守人が明かさない限り、誰にも知られる事は無い」

そうだろう?と努めて明るく問いかけるジェームズの笑顔は引き攣れて歪んでいた。隣に立つリリーは凍り付いたように口を噤んだまま何も言わない。

「……けれどそれは守人が秘密を守っている間だけ。秘密を明かせば魔法は解けてしまう」
「それが……その言葉がどういう意味か、自分が何を言っているか、わかっているのかい?」

問いかけるジェームズの目線は厳しい。ハシバミ色の目が、否定してくれと痛い程訴えかけてくる。けれど怯んではいられない。否定も出来ない。今日は二人に真実を告げに来たのだから。

「────ええ」

僅かに目を伏せ息を吸い、一息で言い放つ。

「ピーターは、裏切ったわ。彼はもう……死喰い人よ」

ひゅっと喉が鳴る音がした。

「そんな……そんな、馬鹿なっ……!!信じられない!」
「ジェームズ!」
「だって、リリー!ピーターだよ?あの、僕らの仲間の!悪戯仕掛け人の!確かにピーターは鈍臭いし気が弱いけれど、友達を売るような奴じゃない!」

ジェームズの顔が泣きそうに歪んだ。叫び声は悲痛だった。信じていたからこそ信じられない。信じたくない。その気持ちは痛い程わかる。けれどもう、時間は無い。ライムは迷いを振り払うように首を左右に強く振った。噛み締めた唇から血が滲む。

「後で、どんなに疑ってもいい。……これが嘘なら、ヴォルデモートが来なければ、その方が、どんなにいいか……!でも、どうか今は、私の言葉を信じて逃げて!!」

泣き声混じりの懇願に、二人は暫し押し黙った。重苦しい沈黙が落ち、誰もその場を動かなかった。ゴロゴロという雷鳴と呼応するように遠くからハリーの泣き声が聞こえる。

「貴女は、どうしてここに来たの?」
「二人に……いいえ、三人に、生きて欲しいから」

リリーの静かな問いに、ライムは掠れた声で答えた。祈るような気持ちだった。再び訪れた沈黙にライムはぎゅっと目を瞑って俯いた。

「────行こう、リリー。ハリーを連れてすぐに出よう」

長い長い沈黙の後で、ジェームズがそう言った。その強い言葉に、ライムは目を見開いた。

「ジェー、ムズ……っ!」
「君に、こんなに必死にお願いをされて、聞かなかったら男じゃないね」

ニヤリと笑うその表情は、少し悲しげだった。当たり前だ。突然ピーターが裏切っただなんて、信じられる事じゃあない。逆にライムが疑われたとしても仕方の無い事だ。こうして聞き入れてくれるだけでも奇跡みたいで、ライムは涙と共に喉の奥に込み上げてくるごつごつした感情を必死に飲み込んだ。ジェームズの言葉を受けてリリーは強く頷くと、くるりと踵を返してハリーのいる寝室へと掛けていった。

「逃げる算段を整えなきゃね」
「姿くらましは?忠誠の術が破れたのなら家の中でも使えるはず。ひとまずホグズミードに飛んで、そこからホグワーツに向かえば……」
「ハリーにはまだキツイかもしれない。……けれどそうも言ってられないか」
「せめてゴドリックの谷さえ出られれば何とかなるわ。いざとなったらジェームズ達はシリウスのところへ行って。私が、後は引き受けるわ」
「引き受けるって……そんなの危険過ぎる!」
「リリーとハリーの為よ、ジェームズ」
「だからってそんな……逃げるなら君も一緒だ」

真剣に身を案じてくれるジェームズの言葉が嬉しくて、ライムはそっと微笑んだ。上手く笑えているかはわからない。

「どちらにしろ、一度この家から出なきゃだね。色々と保護呪文を掛けてあるから、ここで姿くらましは出来ないんだ。ホグワーツみたいだろう?」

自嘲の笑みが浮かぶ口元はすぐに引き締められた。

「ダンブルドアは?」
「連絡が着かないの。ずっと手紙を出してはいるんだけど……捕まらなくて」
「妨害されているのかもね。特にダンブルドア宛の連絡は監視も厳しい」

ジェームズは壁に掛けてあったローブを手に取ると、それに腕を通してチラリと窓の外を見た。そしてそのままライムの方へ向き直ろうとして────止めた。

「────ライム、下がって」

急に声を潜めたジェームズに「どうしたの」と言おうとして、ライムはピタリと動きを止める。
強烈な寒気。ざわりと背筋に冷たい感覚が走る。辺りが一段と暗くなった気がして、ライムは震えた。

「嘘……だって、こんな早く?」

まだ陽は落ちたばかりなのに。
あと少しで、逃げられるのに、なのにどうして。

「……不味いな。この家、裏口は無いんだ」

油断無くドアを睨み付けながらジェームズは口の端を吊り上げた。不敵に笑うその表情はとてもジェームズらしくて、なのにそれが却ってライムの不安を煽る。無意識に引きとめようとジェームズのローブの裾を握った。

「平気さ、ライム。ここには君もいるからね」

百人力だ、と続けるそのハシバミ色の瞳には僅かな焦りが透かして見えた。
────このままじゃあ駄目だ。
これでは原作と変わらない。あの道筋を辿ってしまう。思い出せ。私は何の為にここに来た。

「ジェームズ、リリー達を連れて、窓から逃げて」

ジェームズを押し退けてライムは一歩前へ出る。盾になるのは自分でなくては意味が無い。驚く声を無視して、ライムは真っ直ぐに杖を構えた。

軋む音を立ててゆっくりと、ドアが開く。

そこに立つのは長身の男だった。
闇に溶け込む黒いローブを纏う姿は死神のように不吉で、見る者の恐怖心を煽る。かつて髪と同色だった瞳にはその面影も無く、色素を失い血の赤が透けて暗闇の中でぎらぎらと輝いている。元々青白かった肌は今では紙のように白く、人というより人形のような質感だった。深紅の双眸がジェームズを捉え、次いでその前に立つ ライムへと向けられた。

「どうやって、嗅ぎつけた……?」

地を這うように低い声。怒りが滲むそれを、ライムは手のひらを握りしめて耐える。逃げるな。これは夢じゃない、現実だ。逃げたら何も残らない。

再びこの人に杖を向ける事になっても、私は────

「────貴方を止めに来たのよ。リドル」


例え力が及ばなくても。自分がどうなっても。みっともなく足掻いてでも、失くしたくないものがあるから。


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