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  過酷な運命を背負う者


季節は駆け足で過ぎ去った。
学生時代の一年はあんなにも長く、卒業までは途方も無い時間があると思っていたのに、卒業してからは信じられないくらいの速度で日々は過ぎ去っていった。

肌寒い秋から凍える冬を越え、花のほころぶ春を迎えたかと思えば、木々にはあっという間に新緑が芽生え始め、季節は夏へと移行した。

「城の住み心地はどうだい?」

ソファーに座ったままニヤリと笑って問いかけてくるジェームズに肩を竦めて、ライムは答えた。

「そりゃあもう、素晴らしいわよ。何て言ったって、もう七年以上は住んでいるんだからね。そこら辺の生徒よりは城の中に詳しいし、このままずっと城に住むっていうのも悪くないわ」
「ハハッ!それは頼もしいね!」

騎士団に入ってからも、ライムはホグワーツを出なかった。というより、出られなかった。卒業後、晴れて騎士団の仲間入りをしたライムだったが、表向きはホグワーツの事務員として住み込みで働いている。

印がピアスだけならばまだ対策は取れたものの、直接胸に闇の印を刻印されてしまってはどうにもならない。ライムが外に出るだけでヴォルデモートとの遭遇率は上がるから、下手に騎士団の仲間と行動を共にすれば怪しまれる。特殊な立場ゆえ、騎士団でライムが任されるのは単独任務が主だった。それも、ほとんど外には出ないか出るとしてもダンブルドアに同行する任務が多い。
ヴォルデモートは倒すべき相手だったが、団員だけでは太刀打ち出来ない相手でもあるというのが現状だった。

「もう、ジェームズ!ライムをからかうのはやめなさい」

咎める声と共にリビングの扉がパッと開き、リリーが紅茶や茶菓子の乗ったお盆を手に部屋へ入ってきた。
ふわりと香る花の薫り。淡いレモン色のワンピースを着たリリーは相変わらず美人だ。

「貴方ったらいつもそうなんだから。もういい歳なんだし、ちょっとは落ち着きなさい。貴方はこれからハリーのお手本になるのよ?ハリーが真似したら大変だわ」
「いいのよ、リリー。これ位」

ライムがティーカップを受け取り宥めると、リリーは柳眉を寄せた。

「ライムは甘いわ。だからジェームズもシリウスも、貴女をからかうのをやめないのよ」
「そうそう。ライムってば何だかんだで許してくれるし、反応もいいからね。からかい甲斐があるよ」
「貴方は少しは反省しなさい!」
「いいじゃないか、リリー。ライムだって嫌がっていないんだし」
「だからってそれにつけ込まないの!調子に乗り過ぎよ、ジェームズ・ポッター!」

腰に手を当てお説教モードに入ったリリーにジェームズは肩を竦めて苦笑した。けれどその表情は緩んでいて、怒られているのに幸せそうに見えた。

「酷い言われようだなあ」
「あら、だって本当のことだもの」

リリーも口調こそ厳しいが本気で怒っているわけではない。何だかんだで仲の良い二人を見るのがライムは好きだった。こうしてポッター家を訪れ、親しい友人たちと過ごすのは日々の嫌なことを忘れられる貴重な時間だ。

「そういえばライム、最近シリウスには会った?」
「いいえ。シリウスも忙しいみたいで……ほら、私って単独任務が多いじゃない?だから他の団員と会うことって滅多に無いのよ。ああでも、リーマスには先週会ったわ」
「そうなの……。じゃあ今度、みんなをウチに呼びましょうか」
「おっ!いいねえ、リリー。久々に悪戯仕掛け人集合だ」

結婚式以来、ライムは徐々にだがシリウスと話すことができるようになった。まだ昔みたいに気安く話せる関係に戻れた訳ではないが、話せるだけでも今は十分だった。

「そうね。久しぶりに、みんなに会いたいな」

そう言って笑うと、ライムは出された紅茶を飲み干した。
ポッター家は居心地の良い家だった。こじんまりとしているが暮らしやすくあたたかで、ここはいつも笑顔が絶えない。リリーとジェームズが結婚してからライムは幾度と無く訪ねているが、二人はいつでもあたたかく迎え入れてくれた。

「じゃあ決まりだ!早速みんなに連絡をいれなきゃ」
「えっ、今から?」
「もちろんさ。善は急げって言うだろう?」

ジェームズが杖を振るってレターセットと羽ペンを呼び寄せると、慌てたリリーがその袖を引く。

「ジェームズ、手紙はダメよ。傍受されたら大変だもの。連絡するとしたら守護霊呪文じゃなきゃ」
「あっ!そうか、つい。仕方ないとは言え面倒だな……」
「ジェームズ、シーッ!ほら、ハリーが起きちゃう」

がしがしと頭を書いて声を上げるジェームズにライムが声を潜めて注意する。指摘に慌てて口を噤むジェームズを見て、堪え切れずにリリーが笑った。

「さっきミルクを飲んで眠ったばかりだから大丈夫よ。ちょっとやそっとじゃ起きないわ」

目に見えてホッとしたジェームズは深く息を吐くと、ソファーから立ち上がりベビーベッドで眠る我が子の寝顔を覗き込んだ。ライムも続いて立ち上がり、その横からそっと覗く。
あどけない寝顔ですやすや心地良さそうに眠るハリーはとても愛らしい。そのふっくらとした白い頬を優しく撫でるジェームズの横顔は本当に幸せそうで、ライムはグッと手のひらを握りしめた。

「ハリーは大人しいね」
「だろう?これは将来絶対大物になるね!」
「将来って……ハリーはまだ赤ちゃんだよ?」
「僕とリリーの子だもの。将来有望に決まっているさ」

根拠の無い自信に溢れているジェームズの様子にライムはリリーと顔を見合わせ、笑った。ジェームズの自信家なところはいくつになっても変わらない。
もぞりと動く気配に視線をハリーに戻すと、身動ぎしたのかさっきと体勢が変わっていた。くるくると跳ねるくせ毛の合間から覗くやわらかな額には、まだ傷は無い。

「ハリー・ポッター」

物語の主人公。まだこんなに幼く弱いのに、この子の将来には計り知れない程の困難が待ち構えている。
沢山のものを得て、沢山のものを失って。それは確かにこの子を成長させるのだろうけれど、失うものがあまりに多い。この幸せな家族の時間さえ、この子は失ってしまうのだ。

────そんな事、させるものか。

「貴方はどうか、幸せに」

過酷な運命を背負う未来なんて、私が変えてみせるから。

「おやすみ、ハリー」


今はただ、ゆっくり眠って。


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