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  灰色の硝子玉


「お久しぶりです」

暗がりから、声がした。
懐かしく、記憶にあるそれより低く落ち着いた声。淡々とした口調は変わらないのに、以前より硬質で、なんだか知らない人みたいだとライムは思った。

振り返った先に立つのは一人の青年。すらっと伸びた手足はしなやかで、青みがかった黒髪は夜の闇を溶かしたように深い色をしている。会わない内に伸びた身長は思いの外高く、今や見上げなければ目を合わす事が出来ない程、差が開いていた。

「……久しぶり、レギュラス」

名前を呼ばれた青年────レギュラス・ブラックはライムを静かに見つめたまま、カツカツと靴音を立てて歩み寄る。その姿に、ライムは自嘲混じりに声を掛けた。

「驚かないんだね。私が、ここにいることに」
「今のホグワーツに、貴女の動向を知らない人間なんていませんよ」
「……それもそう、か。相変わらず噂の回りだけは速いね」

どの、時代でも。

「貴女に関しては、良い噂はひとつもありませんけどね」
「正直だね」
「綺麗な言葉を並べ立てて、嘘だとはっきりわかる言い草で、慰めて欲しいんですか?……貴女が?」

レギュラスは値踏みするようにライムを見据えてくる。声も姿も内面も、いつの間にこんなに大人になったのだろう。かわいい後輩だと思っていたのに、今ではライムとほとんど変わらない。

「……ううん。嘘は、いらない」
「……そうでしょうね。少なくとも、僕の知っているライム・モモカワとはそういう人だ」
「レギュラス……」
「あなたは変わったと、兄は言う。けれど僕にはそうは思えない。戻ってからの貴女は酷く自信をなくして、何かに怯えて憔悴しきっているように見えるけれど……本質は変わらない」
「な、んで……そんな、こと」
「目を見れば、わかります。あなたの目は今もまっすぐだ。迷い、揺れていても、それは一時的なもの。闇に魅入られた人のそれでは無い」

迷いも無く、きっぱりと言い切った。

────だから、気が付いてしまった。

闇に魅入られた者とそうでない者との区別が付く、その理由。それは、レギュラスが、そのどちらをも見た事があるからだ。

それは、つまり。

「────レギュラス、貴方……」

死喰い人に、なったの?
ライムが目で訴えてもレギュラスは僅かに目を細めるだけで答えなかった。肯定もしないが、否定もしない。つまり、それが答え。

「貴女があのままここにいれば、何かが変わっていたんでしょうか」
「っ、」
「そう、考えたこともありました。……けれど無意味な事ですね。あの日、貴女はここから消えた。そして、今になってようやく戻ってきた。それが事実」

レギュラスはまっすぐに、ライムを見つめた。
灰色の瞳。澄んだ色。久方ぶりに目にしたそれは、綺麗な灰色の硝子玉のようで。


──何の、感情も無い。


元々感情の読み取り難い人だった。けれどこれは、そんなものではない。

熱が無い。冷め切って、硬く、固まってしまった結晶。凛とすきとおって美しく、なのにひたすら闇しか見ない。闇しか見えない。人の感情、哀れみや感動、そういったあらゆる不純物を全て、取り除いてしまった人の目。

「いつから……」
「……さあ、いつからでしょう?気が付いたら、ここまで来ていたんです」

言葉をひとつひとつ選ぶようにゆっくりと。穏やかに話すレギュラスの表情は動かない。それに気付いて、ライムは愕然とする。

「どうして……!」
「貴女にはきっと、わからないでしょうね。僕と貴女では、元々の立ち位置が違い過ぎる。純血の家に生まれて、永久にそこから出ることが出来ない。出ようとも、思わない。だからこれが僕にとっては自然な流れなんですよ」
「それは、家を守るため?それとも貴方自身の望み?」
「どちらも、です。この道を選ぶことがブラック家の為であり、それが牽いては僕自身の為になる」
「そんな……」
「……不思議ですね。貴女のこと、僕は嫌いではなかった。純血とは程遠い人なのに、不思議と」

レギュラスの表情は不思議と穏やかだった。凪いだ湖面のように静かで揺らがない。それが一層、切なさを煽る。

「……けれどそれも、終わりにしなければ。この先進む道が交わらないのなら、互いにぶつかる前に、離れた方が良い」

別れの言葉。ほんの少しの懐かしさを滲ませて、レギュラスは僅かに口元を緩めて微笑んだ。

「もう、こうして会う事は無いでしょう」
「待って、レギュラス」

懇願する声に、レギュラスは首を振った。縋る響きは虚しく響いて、ライムは唇を震わせた。

灰色の硝子玉。すきとおって、綺麗で、凛として。なのに、いくら触れても硬くつめたい。

「さようなら、ライム」


(もう、何を言っても遠い。何もかもが、遅すぎた)


きちんと別れを告げに来たのが几帳面な彼の優しさで、優しいからこそ、失った傷跡は鋭く痛むのだった。


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