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  変わったのは、誰?


後から考えれば、いつかこの日が来ることを ライムは何となくわかっていたのだと思う。


三月末になってもホグワーツは寒い。日本の感覚でいけばもう春と言っていい時期だが、英国は年間通して気温が低く、晴れの日も少ないから季節の変化はわかりにくい。雪こそ滅多に降らなくなったものの、防寒しなければとてもじゃないが出歩けない。爪先からじわじわと這い上がる冷気を振り切るように歩調を早め、廊下を曲がった先に見知った姿を見付けてライムは立ち止まった。

「ライム」

低い声。暗い音。暗がりに半ば隠れるようにして佇んでいたのはシリウスだった。ライムは止めた足を再び動かそうとして、やめる。

「シリ、ウス?」

様子がおかしい。
廊下が暗いせいだろうか。彫りの深い顔立ちに掛かる陰は濃く、灰青の瞳が鋭くライムを射抜く。その表情に笑顔は微塵も無くて、いつもより少しだけ…こわい。

「聞きたい事がある」
「なに?」

がらんとした廊下にシリウスの声が響く。低く重いそれは威圧感を持ってライムに向けられた。シリウスはライムと目を合わせたままゆっくりと近づいてくる。反射的に逃げ出そうとする身体を叱咤して、ライムはなんとかその場に留まった。

「……これ、」

気付けば触れ合う程近くに来ていた。耳元に伸びてきた手に、ライムは反射的に目を瞑る。シリウスの指先で、ピアスの金具がカチャリと小さく音をたてた。松明の明かりを受けた石が鮮紅色にきらめいた。

「前は、してなかったよな」

深い色の瞳が鋭く光る。

「……誰に貰ったんだ?」

ライムは息を飲んで黙りこむ。まさかそれを指摘されるとは思わなかった。ドキリと跳ねた心臓を落ち着かせるように息を吐いて、拳を握る。けれど鼓動はドクドクと煩く、ライムは何と言葉を返したらいいのかわからず言い淀む。

「答えられないのか」

まるで批難するような声だ。適当に誤魔化す事も出来たのに、この時だけは何も言えなかった。伸ばしていた手はそっとなぞる様にライムの頬に触れ、そのまま────

「────っ、駄目!!」

弾かれたように後ろへ下がる。シリウスがピアスを外そうとしているのに気付いて、ライムは咄嗟に勢い良く身を退いた。その反応に、シリウスの視線がキツくなる。

「っ何でだ、ライム!!」
「違う!違うの、シリウス」
「何があった?今まで何処にいたんだ!?俺が、どれだけ心配したか……っ!なのに、お前は!!」

シリウスがライムの肩を掴んで揺さ振る。噛み締めた唇が、どうしてと訴えかける瞳が、泣きそうに歪む。けれどライムはそれに答えられない。取り繕う事も出来ず、目を逸らす事も出来ずにそのまま何も言わないライムを暫し見つめて、シリウスは深く長く、息を吐いた。

「お前は、変わっちまったんだな……」

声は失望と落胆に溢れていた。突き放すようなその響きに、ライムは怯えた。

「シリウス」
「もう、いい」

びくりとライムの肩が震える。鋭い拒絶の言葉は胸に突き刺さった。いやだ、その先は聞きたくない。言わないで。ゆるゆると力無く首を振るライムの願いとは裏腹に、シリウスは無情にも唇を動かす。

「──親友だと、思っていたのに」
「私は、」
「俺はお前にとって、そんなものだったのか」
「待って」
「待てない。もう、これ以上」

引き止める声を一言で切り捨てて、シリウスは背中を向けた。ばさりと靡くローブがやけに綺麗に広がって、遠ざかる。怒りか失望か、小さく震える肩にライムが追い縋る余地は無かった。
シリウスはそのまま振り返ること無く、立ち去った。

「──待っ……」

呼び止めようと口を開きかけて、止める。喉がカラカラに渇いて苦い。伸ばしかけた手は行き場を無くして静かに下ろされた。

「シリ、ウス」

行って、しまった。
ライムはへたりとその場に座り込んだ。静まり返った廊下は冷たくて、擦った膝は鈍く痛む。誰もいない。誰も来ない。こうしてみんな、去っていく。

「ちがう、んだよ……」

大切じゃないなんて嘘だ。そんなのあり得ない。親友だって、私だってそう思っているよ。だから比べられない。捨てられない。失くしたくない。────けれどどうしても話す事は出来なかった。

「シリウス……」


動けない。なのに周りは、動き出す。


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