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  無自覚を暴く


玄関ホールの片隅に設置されている4つの巨大な砂時計。その中でキラキラと輝くのは真っ赤なルビー、藍色のサファイア、檸檬色のトパーズ、深緑のエメラルド。砂時計の下半分の球体には各寮の得点分だけ宝石が溜まっているが、中でもグリフィンドールのルビーの量は一際多く、一位を維持していた。

「こりゃ、今年も寮杯はいただきだな」

機嫌良くそう言うシリウスの横で、リーマスは顎に手を当てて難しい顔で唸っている。確かにシリウスの言う通り、グリフィンドールが今の所はトップだ。しかし圧倒的な差がついているわけではなく、スリザリンに逆転されかねない量だった。

「どうかな。学年末までまだ数ヶ月はあるからね」
「卒業の年に優勝を逃す、なんて格好つかないだろ」
「うん。今の所ライムが順調に点を稼いでいるみたいだからね。うちにはリリーもいるし、君達も昔よりは危険な悪戯をしなくなったから、このままなら優勝できるかもしれない」
「“かもしれない”じゃない。“できる”だ」
「学年末はまだ先だよ。それまで、何が起こるかわからないだろう?」
「リーマスは心配性だな」

シリウスがそう言ってケラケラ笑いながら歩き出すと、リーマスは肩の力を脱いて苦笑した。リーマスが心配性なのは性分だ。その性格にはたまに自分でも息がつまるから、シリウスの楽観的な性格を時々羨ましく思う。

食事も終えて暇な午後。人も疎らな廊下には気だるい空気が漂っている。課題はとっくに終わらせてあるから特にする事も無く、寮への道のりを急ぐ気にもなれない。二人はグリフィンドール寮へ向かう階段をいつもより大分遅い速度で登る。ゆっくりとした足取りは心地良いリズムを刻み、高い天井に木霊した。

「……ライム、か」
「どうしたんだい?」
「最近、あいつ付き合い悪くないか?」

シリウスがそう言うと、隣を歩いていたリーマスが驚いたように歩を止めた。コツコツと規則正しく響いていた靴音が止み、辺りは俄かに静まり返る。

「そうかな?」

シリウスが出した思い掛けない名前に、リーマスは言葉を慎重に選んで返す。ライムの名前は、最近特に耳につく。噂の絶えないホグワーツにおいてライムはしばしば話題に登る。それは孤児で編入生というライムの境遇が特殊な事が理由だったが、失踪してからは前にも増して噂が増えた。

「そうだよ。悪戯にもあんま参加しなくなったし、食事もさっさと済ませてる」
「単に忙しいんじゃないの?五年生はO.W.L.試験があるんだし」
「それは俺達だって一緒だろ。N.E.W.Tがあるんだから」
「……その割りに、君とプロングスは余裕そうだね」

リーマスが呆れ混じりにそう言うと、シリウスは階段の手すりに寄り掛かり、大きく伸びをして答えた。

「俺達は就職するわけじゃないしな。試験で例え全教科O・優を取れなくったって、実戦に強けりゃ騎士団に入るには問題無い」
「パッドフット、声が大きい」

シリウスを窘め素早く周囲に目を走らせるリーマスの目は警戒心に満ちていた。騎士団の話は機密事項だ。そんな話を、こんな誰がいるかわからない場所で不用意にするものではない。

「心配性だな、ムーニーは」
「君達が気にしなさすぎなんだよ……」

シリウスの気楽な態度に、リーマスは疲れたようにため息を吐く。ピリピリしているリーマスとは対照的に、シリウスは普段通りの寛いだ態度だった。けれどそれもライムの話題になると一転する。

「……ジェームズが、言ってたんだ。ライムがずっとピアスをしているって。あいつってそんな何かに執着する奴だったか?少なくとも俺の知っている限りでは、アクセサリーに興味なんて持っていなかったし、持ちそうにも無かった」

それはシリウスにしては珍しく真剣な表情だった。それにどう答えようか迷って、リーマスはかねてから抱いていた疑問を口にする。

「……シリウスはさ」
「……ん?」
「シリウスは、ライムのこと、どう思っているの?」

その表情はいつに無く真剣で、シリウスは喉まで出掛かっていたからかいの言葉を飲み込んだ。質問に質問で返すなんて、リーマスらしくない。戸惑うシリウスに、リーマスは言葉を補うように続ける。

「何だよ、改まって。こんな時に冗談か?」
「僕は真面目に聞いているんだよ。からかいたい訳じゃない」
「……それにしたって、急な質問だな」
「こんな時でもないと、君は答えてくれないだろ?」
「リーマス?」
「……確かに、急にこんな質問をしたらびっくりするよね。ただずっと、君はライムのことを好きなんじゃないかと思っていたんだ」
「────俺が、ライムを?」

暫しポカンとした後、シリウスは声を上げて笑いだした。

「おいおいムーニー、よしてくれよ」

やや長い髪を掻き上げて、シリウスはお手上げだとでも言うように両手を上げた。

「話が飛躍し過ぎだ。あいつはいい奴だけど、そういうんじゃあ無いさ。ライムは親友、そうだろう?」
「──強ち間違いでも無いと思うけれどね」

シリウスが笑って受け流そうとしても、リーマスは尚も真剣な表情を崩さなかった。ただじっとシリウスを見据えて、ひとつひとつ言葉を紡ぐ。その態度に、シリウスは困惑した。

「だから余計に気になるんじゃないかい?ライムの態度も、ピアスのことも」

たった一言。ただそれだけの言葉が、シリウスの内面に波紋を呼んだ。無自覚だった心を揺さぶる。重ねようとした否定の言葉は喉の奥に張り付いて、掠れた音を漏らすだけ。

「そんなの……」


リーマスの言葉に、結局シリウスは言い返すことができなかった。


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