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  揺らぐ理想


日常は波のように押し寄せた。

クリスマス休暇が終わって早数日。休暇中に山のように出された課題を提出してホッとしたのも束の間。どの教科もすぐ嫌になる程沢山の課題を出してきて、クリスマスや新年の余韻など一瞬にして吹き飛んだ。授業の予習、試験対策の復習に加えて課題まで課されてしまっては、朝から晩まで机に張り付かざるを得ない。書いても書いても終わりの見えない量に一部では授業中に突然泣き出す生徒まで出ているらしいが、その気持ちもわかる。いつも以上にピリピリした談話室の一角で、ライムは一向に減らない羊皮紙の束に辟易していた。

「ああっ!もう!」
 
談話室で ライムとリタとジゼルとロゼッタの四人で小さめのテーブルを囲んで課題をこなし始めて二時間。一番最初に音をあげたのはロゼッタだった。
 
「また書き直しだわ!もうウンザリ!」
「まあ落ち着いて、ロゼッタ」
「イカレたフレデリックだかフレッドソンだか知らないけど、一々名前がややこしいのよ!」

魔法史の教科書と年表を放り出そうとするロゼッタを何とか宥めて座らせると、向かい側で苦笑していたリタが提案する。

「一旦休憩しましょ」
「いいの?」
「こんな状態で続けたって効率が悪いだけよ。気分転換しましょう。ジゼル、何かお菓子余っていない?」
「確か……部屋にクッキーがあるわ。取ってくるわね」
「じゃあ私は紅茶を淹れてくるわ。ロゼッタとライムはそこで待っていて」
「ありがとう。お願いね」

ガタガタと席を立つ二人を見送ってから、ライムはテーブルに突っ伏したままのロゼッタに向き直る。

「……ですって。紅茶を飲んで少し休もう、ロゼッタ」
「……そうね」
「大丈夫。みんなでやればちゃんと終わるわ。あまり根を詰めないで」
「ええ、ごめんなさい……」

顔を上げたロゼッタは恥ずかしそうに眉をハの字にしていた。それに「いいのよ」と返して、ライムはテーブルの上に積みあがった本や羊皮紙の山を簡単に整理してゆく。それをぼんやりと眺めていたロゼッタが、控え目に声をかける。

「……ねえ、ライム。一つ聞きたい事があるんだけど」
「なあに?」
「トム・リドルと何かあったの?」

ピタリとライムの手が止まる。
直球な質問だ。いつか聞かれるだろうとは思っていたが、予想より早く突っ込まれたなと思いつつ、ライムは返す言葉を探す。

「……休暇中、よく一緒に勉強していたの」
「トムと!?」
「ええ。でも別に特別な関係ってわけじゃないわよ。精々仲の良い勉強友達、ってところね」

聞かれるままに──とは言っても細部まで話す事はしなかったが──休暇中の出来事をぽつぽつ話すと、ロゼッタは驚きとも感心ともつかない声をもらした。

「まさか休暇中にそんな変化があったなんてね……正直、驚いたわ」
「私自身、驚いてるわ。人生何があるかわからないものね」
「本当よ。始めはあんなに嫌がっていたのにね。でも、ちょっと納得したわ。貴女たち結構お似合いだもの」
「よしてよロゼッタ。そんなんじゃないんだから」
「あら、ごめんなさい」

ふふ、と笑うロゼッタは先程より元気そうで、ライムはそれ以上否定する気になれなかった。彼女だって本気で言っているわけでは無いだろうし、まあこれ位はいいか、と思って苦笑した。

「でも、どうして気がついたの? 」
「うーん、何て言うか……貴女たち二人とも、話すときの雰囲気が以前と違っていたから」
「雰囲気が? 」
「ええ。なんとなくだけど、前より随分打ち解けているように見えたわ」
「そっか」

単にロゼッタの勘がいいのか、それとも傍から見てすぐにわかる程わかりやすい変化なのか、どちらなのだろう。

前者ならば問題無いが、後者の場合、面倒な事になりそうだな とライムは思った。


****


闇の魔術に対する防衛術の授業が終わって いつも通りにロゼッタ達と帰ろうとした所で、ライムは教授に呼び止められた。先日提出した課題についていくつか褒められたのだが、随分とそこで時間を喰ってしまった。何とか話を切り上げて、ひとり早足で廊下を歩いていると、ふと 背後から嫌な気配がした。

「インペディメンタ!」

振り返りざまに杖を取り出しそう叫ぶと、間近で赤い閃光が散った。

数メートル離れた場所に杖を構えた人影が見える。相手は三人。どれも歳上の女子生徒だった。三人共ライムが素早く応戦した事に驚いた様子だったが、直ぐ様気を取り直して仕掛けてくる。

「デンソージオ!」
「ステューピファイ!」
「っ、プロテゴ!」

真っ直ぐに向かってきた閃光を盾の呪文で防いだ後、間髪入れずに無言呪文を放つと相手は悲鳴を上げる間も無くその場に倒れた。呪文の詠唱無しに気絶させた事で、横に立っていたブロンド髪の少女は信じられないとばかりに目を見開いてライムを凝視した。

「嘘っ!?」
「何をしたのよ?!」

休暇中に練習したおかげか、呪いは格段に速く強力になっている。釘を刺す、いい機会だ。

「────いい加減にしなさい。
今は抑えているけれど、これ以上こんな馬鹿げた事を続けるのなら私だって遠慮はしないわ」

真っ正面から、睨め付ける。
 
「貴女方のお仲間にもそう伝えて」

ライムの言葉に 気圧されたように息を飲む。綺麗な顔を歪めて、倒れた仲間を引き摺りバタバタと走り去る女子生徒達を見送ってから、ライムは深く深く 息を吐いた。

穏便に済ませようと思っていたが 結局は無理だった。
それも仕方の無い事なのかもしれない。相手にしたらキリが無く、放っておけば舐められてエスカレートする。しかしこうして力で抑えても、それは一時的なものだ。何をしたって、根本的な解決にはなら無いのだから。

一体これがいつまで持つのか……。いつまで経っても ライムの悩みは尽きないのだった。


****
 
 
状況が変化するのは、思ったより早かった。

ある日ライムが一人で歩いていると、廊下の向かい側から歩いてきたレイブンクロー生の一団がライムの姿を見るなりサッと固まった。何事かと思って足を止めると、どうやら彼女たちはライムの姿に怯えているようだった。
 
零れ落ちそうになるため息を飲み込んで、ライムは気付かぬフリでやり過ごす。ビクビクしながら足早に去って行く一団を見送ると、止めていた息を吐き出した。

「何だかなぁ……」

突っかかって来られるのも嫌だが、こうしてあからさまに避けられるというのも何だか複雑だ。肩を落としていると、背後からクツクツと笑う声がした。

「嫌がらせは減ったようだね」

面白がる声音。
こんな事を言う人は、一人しかいない。振り返らなくても誰かわかる。

「今度はどうやら怖がられているみたいだけどね」
「いいじゃないか、その方が。鬱陶しいよりマシだろう?」
「まあね。けどどちらにしろ、気分のいいものじゃあ無いわ」
「ある程度力を見せ付けておいた方が、無用なトラブルは避けられる」
「最初にリドルが見せたように?」

含みを持たせて問うても、リドルは薄く笑んだまま答え無い。ライムはそれ以上聞くのを諦めて、話題を変える。
 
「遅刻、するんじゃないの?」
「心配無いよ。次は空き時間なんだ」
「ああそう……」

脱力して、近くにあった窓枠に凭れる。真っ直ぐ寮に帰るつもりだったが、何だかドッと疲れが押し寄せて動く気分になれない。ライムも次は授業を入れていないから、少しくらいここで時間を取っても平気だろう。

「随分疲れているみたいだね」
「……そう見える?」
「ああ。覇気が無い」
「みんなピリピリしているから、何だか疲れちゃって」

加えて周りはあんな状態だし、と付け加えると、リドルは納得したようだった。

「OWL試験が近付いて来ているからね。皆必死だ」
「……リドルは余裕がありそうね」
「まあ、そこら辺の生徒よりはね。でも僕だって課題をこなすにはそれなりの時間が要る。忙しいのに変わりは無いさ」
「そうなの?意外だわ」
「雑に仕上げたレポートに最高点をくれる程、ここの教授達も甘くは無いからね」

そう言うと、リドルは肩を竦めた。
リドルはそういったものを外に見せないが、学年トップを維持し続けるには影で努力する必要があるのだろう。

「今日は図書館に行かないの?」
「ええ。今は人が多いし、あそこも普段よりピリピリしているから」
「成る程」
「私はこれから必要の部屋で勉強するけど、リドルはどうする?」
「──それは僕も行って良いって事?」
「駄目なら始めから聞いたりしないわ」
「へえ…噂はいいのかい?」
「今更気にしたって仕方無いでしょ。それより今は課題を終わらせる方が重要よ」
「……つまりは僕に手伝え、と」
「話が早いわね、リドル」
「……伊達に君と話していないからね」

リドルは渋々とだが、了承してくれた。
これなら予定より早く課題を終わらせる事が出来そうだ。ライムはローブの埃を払うと、先程より幾分軽い足取りで八階へと向かった。


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