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  くるくる回る湯気の向こう側


昔から仲が悪いと言われている割に、スリザリンとグリフィンドールの合同授業は多い。この時代でもそれは同じのようで、魔法薬学や闇の魔術に対する防衛術の授業は合同で行われていた。

元の時代では、合同授業の度に何かが起こっていた。シリウスやジェームズがリリーや教授の目を盗み、セブルスにちょっかいをかけてはやり返され、机の下では魔法の応酬。かわいそうなことに、ピーターはしばしば巻き込まれて被害を被っていた。それに比べたら、ここの合同授業は平和なものだ。

――ただ一つ、リドルがいることを除けば。

ライムがタイムスリップしたのは5年生の9月から、5年生の10月。同じ5年生に編入したが、一か月分のズレが生じてしまった。
時代が違うのだから元々の勉強内容自体にも違いはあるのだが、教科書を見ても思ったほど大きくは違わないようだった。数十年経ってもあまり教える内容が変わっていないと言うのも、どうなんだろうか…と 疑問ではあったが、この場合はその方が助かる。

校長とダンブルドア以外の教授たちはライムが未来から来たことを知らず、ただの編入生として扱ってくれている。習っていない範囲について質問に行けば皆親切に相談に乗り、教えてくれた。
同様にスラグホーン教授にも未履修の範囲の勉強について何度か相談に行っていた。そのせいか、教授なりに気を使ってくれたらしい。

「成績優秀なリドルがペアになれば、質問もしやすい。世話係なのだから面倒を見るのは自然なことだし、Miss.モモカワの助けになるだろう」と、満面の笑みでそう言われては、断れるはずも無い。そして人当たりのいい優等生で通しているリドルがそのお願いを断るはずも無く、ライムは現在リドルと同じテーブルで薬の調合を行っていた。

経緯を見守っていたロゼッタが時折気遣わしげにチラチラとこちらを見ているが、こればかりはどうにもならない。

「ライム、そのドラゴンの肝臓を厚さ2ミリに切ってくれるかい?」
「ええ。その薄荷の根っこはお願いしてもいい?」
「勿論」

コポコポと薬が煮える音、材料をゴリゴリとすり潰す音や刻む音、決して静かとは言えないのに不思議と気にならないのは、皆が同じ目的で立てる音だからだろうか。
テーブルを挟んだ向かい側にはリドルがいる。真剣な表情で作業を進める姿をちらりと横目で見ながら、ライムは僅かにその目を細めた。

指示は的確。材料の準備も完璧。動きには無駄がないし、作業手順も一度始める前に黒板を見たきりだからもう頭に入っているのかもしれない。

今日作るのは、「声が高くなる薬」と「声が低くなる薬」の二種類。この二つの薬は使う材料が似ている上、途中までの手順が同じなので、ペアで作業することになっている。途中までは一緒に作業し、手順が分かれるところからは二つの鍋に分けてそれぞれ完成させるのだ。

後は時計回りに8回、反時計回りに3回掻き混ぜればひと段落、というところまで作業を進めて、ライムは額に滲む汗を拭った。

「ライム、ここでの生活には慣れたかい?」
「ええ。みんな良くしてくれるし、授業は楽しいしね」
「それなら良かった。最初の頃はとても緊張しているように見えたから、心配していたんだ」
「……ありがとう」

いかにも人の良い笑顔で話しかけるリドルに当たり障りのない返事を返す。傍から見れば何気ない普通の会話なのだろうが、ライムは内心気が気ではなかった。こうして会話する機会は今までにもあったが、リドル相手に話すことには一向に慣れる気がしないのだった。

鍋の中身が明るいオレンジ色からとろりとした光沢のあるクリーム色に変化したところで、ライムは杖を振るい火を消した。ふと顔を上げると、ドラゴン皮の手袋を嵌めたリドルが音も無く横に移動して来ていた。ライムがサッと避けて場所を譲ると、リドルは人当たり良くにっこりと微笑んで、加熱し終えた薬の半分を横に並べてあった鍋へと注ぎ込んだ。ぴったりに等分された液体がたぷんとゆれる。

「うん、順調だね」

満足気にそう言って、リドルはもう一度ライムににっこりと笑いかけた。どうやら及第点は貰えたらしい。よかった…と、心の中でほっと息を吐いて、ライムはぎこちなく笑い返した。

万が一失敗してもリドルは怒らないだろうが――いや、その前に気付いてフォローしてしまうのだろう――、リドルがただの人のいい青年ではないと知っている以上、失敗なんてとてもじゃないが出来なかった。

壁に掛けられている時計を見ると、予定より大分早い。ここから先はリドルとライムとで別々に作業を進めることになる。

ライムは再び杖で鍋の底に火をつけてから、黒板の手順をざっとおさらいして、次の材料を手に取り、小さくちぎってすり鉢ですり潰し始めた。


****


「ライム、それは……?」

別々に作業を始めてから10分程経った頃だろうか。突然リドルが口を挟んだ。作業の手を止めてリドルの方を見ると、珍しく怪訝な顔をしていた。目線の先にはライムが先ほどすり潰しておいた薬草がある。

「その処理の仕方は 教科書や黒板に書かれている方法では無いようだけれど……」
「……ああ、そういえばそうね。けど、このやり方の方が上手くいくのよ」
「どうして、そうしようと思ったの?」
「どうして、って……この葉っぱはすり潰すのだと汁がほとんど出ないし、薬にも上手く混ざらないでしょう?確かに教科書のやり方とは違うけれど、こうしないと綺麗な空色にはならないし……」
「それは、自分で考えたのかい?」
「へっ?いいえ、違うけど」
「そう。……確かに、その方が効率的だね」

その考えこむような仕草に、ライムの胸に不安が過ぎる。

何かおかしな事を言っただろうか?この葉は刻むよりすり潰した方が成分を多く抽出できる。それほど特別なやり方ではなく、魔法薬学が得意な人間ならば知っていておかしくない知識だ。それをリドルが知らないなんて、ライムは信じられなかった。
黒板に書き出されている調合の方法とは違うけれど、こちらの方が効率的だし薬の出来も良くなるはず。方法は違うが手順は間違えていない。でも、リドルのこの反応はどういうことだろうか?――まるで、そんなやり方はまだ、見つかっていないかのような。

もやもやを抱えながらもライムは作業を進めることにした。

「へぇ……君、魔法薬学得意なんだね」

ライムの手元の鍋を覗き込みながらつぶやくリドルの表情はどこか愉しげで、反射的に警戒して身体が強張ってしまった。

ああ、不自然だっただろうか。苦くそう思いながらも鍋をかき混ぜる手は止めない。完成までまだ少しかかるのだから手を止めている暇はないしこの薬は調合が難しいから気は抜けないのだ。

「意外?」
「少しね。大概の女の子は虫とか内臓とか、こういうグロテスクなものは嫌いだろう?」

平静を装って出来る限り自然な声音でライムはそう問い返した。
するとリドルも自然なトーンで答えを返し、何かを掲げて見せた。

微笑むリドルの手には瓶に入った青紫色の触手みたいなものが入っている。グロテスク、と言い表したそれは確かに気持ち悪い。女の子ならば誰もが出来れば触りたく無いと思うだろう。けれど、この授業を受ける以上そんなことは言っていられない。

「もちろん最初は嫌いだったよ、気持ち悪いし。でも、さすがにもう慣れちゃったよ。ちゃんと計って手順を踏めば出来るしコツを掴めばアレンジ出来る。料理みたいなものだしね。見た目は全然美味しそうじゃないけど」
「ハハ、料理か。成る程ね」

何処か満足そうに口の端を吊り上げ微笑んだ。

目を付けられた、だろうか?いや、まだ探りを入れている段階だろう。
リドルがライムの世話係である以上、関わらずにいるなんて無理だ。変に避けてもどうせ逆効果。ならば当たり障りなく接していればいい。この時代のリドルなら野望の為にやりたい事は山ほどあるはずだし、いつまでもライムに構っているわけにもいかないだろうから、此処の生活に慣れてきたと判断されれば自然と離れていくだろう。

そう。

離れていく。関わらない。
それで、いい。

「いいんだよ、これで」

誰にも聞こえないほど、小さな声でつぶやく。
自らに言い聞かせるように。戒めるように。

関わらなくていい、手を出したって、きっと私なんかじゃどうにも出来ないのだから。


くるくる回る空色の液体。
くるくる渦巻く銀色の湯気。

その向こう側にある人を私は何処か恐れていた。


(向き合うことを、恐れてる)


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