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  はじめまして、運命


「君、」

静寂を破りその場に落ちた 音。
耳に心地好い低い声だ。するり と耳に自然に滑り込むのに、それは何処か薄ら寒さを感じさせる響きを持っていた。見落としてしまいそうな程微かな違和感。それが何故だか妙に、心に引っ掛かった。

「君がディペット校長の言っていた編入生かい? 」
「え……? 」

振り返って見上げた先、階段の踊り場に佇んでいたのは一人の青年だった。

すらりとした細身の長身。顔は影になってよく見えないが、遠目からでもわかる優雅な身のこなし。

不思議と惹き付けられるその姿を 瞬きするのも忘れて、ただ見つめていた。

「君を迎えに来たんだ」

ゆっくりと階段を降りてくるにつれて、徐々にその姿がはっきりしてきた。

蝋燭や松明の灯りに艶めくサラサラの黒髪。抜ける様に白い肌に整った顔立ち。少し長めの前髪の合間から此方を見つめる瞳は深い漆黒。美術品みたいに綺麗な顔だ。思わず息を止めて魅入った。この世界に来て、美形は見慣れたと思っていたのに。シリウスも整った顔立ちをしていたが、目の前の少年は全く系統が違う。

粗野の中に見える育ちの良さがシリウスの魅力だがこの少年からは美しさと同時に 人を惹き付ける柔らかい雰囲気が感じられた。答えるのも忘れてまじまじと見つめていると、少年はふ、と表情を和らげて微笑んだ。

「ああ、ごめん。名乗るのが先だったね。僕はトム・マールヴォロ・リドル。スリザリンの監督生だ」

よろしく、と言って差し出された手をためらいがちに握り返して、頭の中で今聞いたばかりの名前を反芻する。

トム・マールヴォロ・リドル
────それは、学生時代のヴォルデモート卿の名前ではなかったか。

「大丈夫? 」
「あ……はい。だ、大丈夫です」

呆然としていたライムの顔を覗き込み、心配そうに様子を伺うリドルに慌ててそう答える。

「そう、なら良かった。よければ名前を教えてもらえるかな? 」
「ライム・モモカワ、です。よろしく」
「改めてよろしく、Miss.モモカワ。僕はディペット校長から君に校内を案内するように頼まれているんだ」

さぁ 行こうか、と言って歩き出したその背を慌てて追いかけながら、ライムは恐る恐る口を開く。

「あ、あの……Mr.リドル? 何処に向かってるの? 」
「今日はこのまま大広間へ向かう。新しく編入する君を全校生徒に紹介する必要があるからね。教室や図書室などの主要な場所は明日改めて案内する予定だよ。それと、敬語はいいよ。君は5年生なんだろう?なら僕と同い年だし、気兼ねはいらない」
「じゃあ……ええと、そうするね」

すらすらと述べられる説明を聞きながら何とか笑顔を作ったが、ライムは内心気が気じゃなかった。

完璧な対応。
本で読んだ知識で知っているとはいえ、ちらりと横目で伺ったリドルの表情は自然で、裏があるだなんて疑う余地は微塵も無かった。うっかり信じてしまいそうになる。作られた優等生の仮面は恐ろしいくらいに完璧だった。

「君はチャイニーズ……ではないみたいだね」
「うん。日本人よ」
「そうなんだ、気を悪くしたらごめんね。なかなか東洋人とは会う機会が無いものだから」
「大丈夫。気にしてないから」

わからないのは無理も無い。確かこの時代は戦争の真っ只中だったはず。見慣れない東洋人の区別なんてつかないのが普通だろう。

「珍しいからね」
「東洋人が? 」
「うん。ホグワーツにもチャイニーズは何人かいるけどね。君の場合は名前が聞き慣れない響きだったから」
「そう、なんだ……」
「編入は、ご両親の都合? 」
「……ええ、そんなところだけれど、どうして? 」
「こんな時期に……しかも編入なんて滅多に無いから、ね」

ほんの一瞬、瞳の奥にチラチラと紅い光が揺れたように見えた。

「そうなんだ。何だか緊張するわ」

けれどそれには気付かない振りで返す。リドルはライムの反応を伺っていたようだが、何も無いと判断したのか、それ以上追及される事は無かった。

「さあ着いたよ」

リドルの声に導かれるままに視線を向けた。

白くしなやかな指が指し示した先にあるのは、両開きの天井まで届く程大きな扉。見覚えがあるそれは、ライムが毎日目にしているものだ。ここを抜けた先は大広間に続いている。

知っている場所。数え切れないほど訪れた空間。

でもそこに、恐らく見知った顔は一人もいない。扉越しに伝わるざわめきに、ほんの少し 躊躇した。

「大丈夫」

それを緊張と取ったのか、宥めるように優しく微笑むリドルの笑顔は完璧で、それがまたざわざわとライムの胸を騒がせた。

「ようこそ、ホグワーツへ」

芝居がかった台詞と共に、軋む扉がゆっくり開く。
 
広がる光と音に向かって、ライムは一歩、踏み出した。


(開かれた扉の先に待つものは)


これは何かの、始まりなのだろうか。


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