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masquerade V
「やあ、シリウス、ミラ」
「……え? 」
「リーマス! 」

踊り疲れた身体を休めるために壁際に並べられた椅子に腰掛けていると、聞き慣れた声がした。導かれるようにして向かいに立つシリウスの背後へと目を向ければ、そこにはひとりの青年が立っていた。その素顔は他の生徒と同様に仮面に隠れて見えないが、穏やかに微笑む口元やふんわりとしたライトブラウンの髪からその正体がグリフィンドールのリーマス・ルーピンであることがわかる。

「ミラ、良かったらドリンクでもいかが? 」
「わぁ!ありがとう、リーマス。丁度喉が渇いていたの」

顔を輝かせるミラに左手に持っていたグラスを渡すと、リーマスはニッコリと笑った。

「おい、リーマス。俺の分は? 」
「あると思うかい? 」
「右手にあるだろ」
「残念、これは僕の分なんだ」
「リーマスは質が悪い……」

苦虫を噛み潰したような表情でそう言うシリウスが可笑しくて、ミラはクスクスと笑った。

「あっちの方に沢山置いてあったよ」というリーマスの言葉に「おー」と応えると、シリウスはミラに一言断ってから人波に消えて行った。

「随分と長い間踊っていたみたいだね」
「ええ、思ったより楽しくて。リーマスは? 」
「少しだけ。あまりこういうのは得意では無いんだ」
「ふふ、貴方らしい」

目立つことが好きなシリウスとジェームズと比べると、リーマスはそういうのを好まない。ピーターは上がり症だし、悪戯仕掛人の中でも特に目立つのはあの二人なのだ。

「なーに勝手な事言ってんだよ」
「わっ! 」
「シリウス……」

ぼんやりしていたミラの頬に冷たい物が触れた。反射的に悲鳴を上げたミラを見て愉快そうに笑うシリウスの手には飲み物の注がれたグラス。リーマスが呆れ顔で見ているが シリウスはそんな事は気にしない。

「ミラ、お前驚き過ぎ」
「びっ、くりした……もう! 驚かさないでよ」
「ハハッ! ごめんごめん。つい、な」
「程々にしておきなよ。ミラくらいだからね、シリウスやジェームズの悪戯を笑って許してくれるスリザリン生なんて」
「わかってるよ」

そう言いながらもシリウスはニヤニヤしている。これはきっと懲りていないだろうとミラは思った。

「そういや、ジェームズとピーターは? 」
「ジェームズならさっきあっちで踊っていたよ。激しくね」
「良くわかったわね」
「あのボサボサ頭はそういない」
「どーせエバンズにフラれてヤケクソなんだろ」
「ペア、断られたんだ……」
「ああ。何だったかな、『大イカの方がマシ』だっけか? 」
「いや、今回は『トロールの方がまだ良い』だったよ」
「言われたい放題だな」

手元のグラスをグイッと呷って、シリウスは笑った。

「あと、ピーターは向こうで料理を食べていたよ」
「あら、踊らないのかしら? 」
「苦手なんだろ」

さして気にした様子も無くそう言うと、シリウスは空になったグラスを通りかかったウェイターのお盆に置いた。

「リーマス」

会話の合間に聞こえた、可愛らしい声が呼ぶ方へと三人が振り返る。少し離れた場所に、明るいレモンイエローのドレスローブを着た小柄な女の子が立っていた。

「すまない、戻らなきゃ」

そう言ってリーマスはその少女の方へと足を向けた。恐らくあの子がリーマスのペアなのだろう。じゃあまたね、と挨拶すると、二人はダンスフロアに向かって歩いて行った。

「腹も膨れたし、もうひと踊りするか? ミラ」

しばらく座って休んでいたおかげか、足の疲れも大分取れている。折角のパーティーだ、目一杯踊って楽しまなければ損だろう。シリウスの提案に頷いて、ミラはその手を取った。

****

パーティも終盤を迎え 会場に流れる音楽は明るくアップテンポな曲からゆったりとした曲へと変化してきた。
ダンスフロアで踊る人影はまばらになり、踊る人より端の方で談笑する人の方が多くなってきた頃、シリウスとミラはフロアの中心で踊っていた。

長く伸びる音が終わる。――――曲の終わりだ。ダンスの間握っていた手が、自然と離れる。

そっと離れて、重力に従いゆっくりと下りていくミラの手を、 白い手がギリギリの所で掬い上げた。

「っ、え? 」

それは先ほどまで繋いでいたシリウスの手では無かった。
突然二人の間を割って入ったのは、黒髪のすらりとした体躯の青年。

「一曲踊っていただけますか? 」

ミラの足元に跪きそう告げて、手の甲に口付ける。一連の流れる様に優雅な動作に思わずミラの胸は高鳴った。

――――誰?
ミラの前に跪いて見上げてくる男の素顔は、目元を覆う銀色の仮面に隠れて伺えない。ただ一瞬、ちらりと紅い瞳が愉しげに光るのが見えて、ミラはそれが誰であるかを悟った。

「誰だ、おま」
「行こう」

シリウスが不機嫌そうに問い詰める声を遮る様にそう言って、ミラはあっという間に腰に手を回され引き寄せられた。突然の侵入者にシリウスが文句を言う前に男はさっさと踵を返し、瞬きする間に二人の姿は色とりどりのドレスローブの波に消えていた。

「リドル、リドル! 」

手を引いてぐんぐん進んで行く背中に必死についていきながら呼び掛ける。手首を掴まれている為、戻るどころか止まることさえ出来ない。
大広間の扉を抜け、バルコニーから庭へ降り、生垣の間をぬって更に奥へ。目まぐるしく景色が変わる。薔薇の生垣の周りを飛び回る数多の妖精達の光が、見る間に後ろへ流れてゆく。庭を奥へ奥へと進むにつれ、辺りを包む闇が濃くなり、だんだんと賑やかな音と光が遠ざかっていった。

「ねぇってば!! 」

何度呼び掛けても答えないリドルに業を煮やして半ば叫ぶ様に声を掛けると、いきなり掴まれていた手首が解放された。が、突然止まってくるりとこちらを向くものだから、ミラは止まることが出来ずにそのまま勢い良くリドルの胸に飛び込んだ。

「っぁ、」
「おや?随分と積極的だね」
「ち、違っ……! 」
「わかっているさ」

頭上からくすくすと笑う声と共に触れている所から直接振動が伝わって来て、何だかとても恥ずかしくなってミラは顔を赤く染めた。一歩下がって十分に距離を取り、改めて目の前の男をしげしげと眺めた。

「やっぱり、リドル……」

細身の身体をダークグレーのドレスローブで包んで、その手には先程付けていた目元を覆う銀色の仮面を持っている。
何というか、悔しいがとても魅力的だ。

「気付いてなかったのかい? 」
「気付いてたけど……貴方、呼びかけても全然答えないんだもの! 少し、不安になったのよ」

見惚れていた。恥ずかしさを誤魔化す様に声を荒げる。それでもリドルは悪びれた様子も無く、しれっとしている。

「ふぅん」
「なっ……何よ」
「馬子にも衣装って、こういう事を言うのかなって思って」
「失礼ね! 」

真っ赤になって憤慨するミラを見て、リドルにしては珍しい事に声を上げて笑った。

「嘘だよ、ミラ。よく似合っている」

ひとしきり笑った後に、すっかり拗ねたミラを宥める様に声を掛ける。けれどそんな事でミラの機嫌は直らず、表情は晴れないままだった。

「手、出して」
「え? 」
「一応踊れるんだろう? 」
「踊るの? 」
「踊らないのかい? 」
「だって、」
「さっき誘っただろう? ……ほら、」

そう言って、再び手を取り引き寄せられる。何処からか 曲が聞こえてきた。不思議だ。大広間からは随分離れているはずなのに。呼吸を整えると、二人はそのままするりと曲に乗った。

――――上手い。
体に羽が生えた様に軽い。どうすればいいのかが自然とわかる。リードが上手いとこんなにも違うのかと、ミラは内心で感嘆の声を上げた。
勿論シリウスも上手だったのだが――この男は本当に、何をやらせても卒無くこなせてしまうらしい。ここまでくると、羨ましいとかそういう感情よりも…呆れが混じるというか、ただただ純粋にすごいとしか思えなくなってくる。

踊っている内にだんだん楽しくなってきて、気付けばミラは笑顔になっていた。導かれるままにくるり と優雅に回る。動きにあわせてふわりと広がるドレスの裾が蝶みたいで、何だか夢のようだと思った。

「機嫌は直った? 」
「……まあね」
「素直じゃないね」
「そんなことありません」

つん、とすまして答えるミラの顔は何処か笑っている。頭がふわふわする。今があまりにも非現実的で、楽しくて。意味も無く、泣きそうになった。

「――――シンデレラって、こんな気分だったのかしら」
「シンデレラ? 」
「マグルの有名なお伽噺よ。魔法使いの魔法で綺麗に着飾って舞踏会に行く女の子の話」
「マグル、ね…。なら、君の魔法使いはセシル嬢か」
「シンデレラを知っているの? 」
「聞きかじった程度さ。
……けれどいいのかい? 僕は君のを王子様の元から連れ去ってしまったけれど」
「いいのよ、私はシンデレラじゃあ無いもの。王子様とは一緒になれないわ」

花弁のように幾重にも重ねられた、淡いパウダーピンクのドレス。美しく結い上げられた髪。エスコートする男性と踊り明かして、手を引かれるままにドレスの裾を翻して抜け出す。一夜だけの仮面舞踏会。その全てが魔法のようだ。けれどミラはシンデレラになりたいとは思わなかった。

「それに、王子様がいなくても、私には騎士がいるわ。リドルは私の騎士でしょう? 」

冗談混じりにそう問えば、リドルは至極愉しそうに笑みを深めて答えた。

「ああ、そうだよ。僕は君の飼い猫で、君を守る騎士だ。騎士でいる限り 君の傍で 君を守ってあげるよ、ミラ」

猫のように目を細めて、猫の騎士はゆるりと微笑んだ。


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