×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
やさしさはガラスで出来ている
開いたままの大広間の扉の前を通りかかった時、そこから見えた光景に、私は思わず足を止めた。


「レギュラス」


咄嗟に前を歩くレギュラスのローブの裾を引くと、レギュラスは足を止めて振り返った。


「どうしました? 」
「あれ、見て」


大広間には忙しなく動き回る教師達の姿がある。天井からは氷でできたカーテンがゆったりとしたドレープを描きながら垂れ下がり、床に並べられた氷の彫像の背後へ続いている。壁に沿うように並び立つもみの木は飾りつけの途中らしく、中途半端に付けられたオーナメントが揺れていた。


「クリスマスの飾り付けをしているわ」


楽しげに目を輝かせている私を見て、レギュラスは表情を緩めて提案した。


「少し、見ていきますか? 」
「いいの? 」
「こういうの、好きでしょう」
「うん」
「急ぐ理由もありませんし、いいですよ」
「ありがとう!レギュラス」


大広間へ入ろうとして、あ、と声を上げた。こんなに堂々と準備中の広間に入ったら何か言われるのではないだろうか。
 

「どうしました? 」
「……先生に見つかったら、手伝えって言われないかな? 」
「なら、見つからないよう死角にいればいいでしょう」


死角? と首を傾げて反芻すると、レギュラスは無言で私の手を取り扉の隙間から中へと滑り込んだ。誰も見ていないタイミングを見計らい、小走りにもみの木の裏に入り込むと、レギュラスに手を引かれるままに窓枠に腰掛ける。そこから大広間はよく見渡せた。


「ねえ、覚えてる? 小さい頃に一度だけ、レギュラスの家で一緒にクリスマスを過ごした時のこと」


あの時はまだ、私はシリウスの婚約者で、私たち三人は仲が良かった。
些細なことで笑い合って、空想上の生き物について語り合って、今にして思えばくだらないことで喧嘩して。毎日単純な遊びに没頭して時間を忘れた。
それはきっとどこにでもある、ありふれた兄弟や友だちの光景で。それが如何に稀少でかけがえの無い時間なのかなんて、幼い私たちには知る由も無かった。

大事なものはいつだって、失くしてからその価値を知るのだ。

それはきっとどんな人でも多かれ少なかれ経験することで、私たちはただ、それを知るのがほんの少しだけ早かった。


「ええ。覚えていますよ」


灰青の瞳が、懐かしむように細められた。こうして過去に思いを馳せる時のレギュラスの表情は、どこか嬉しそうでもあり、悲しそうでもあった。普段の無表情に近い真面目な顔つきとは違って優しげに頬は緩むけれど、ほんの少しだけ苦しそうで、まぶしそうに目を細める。


「貴女のご両親が急に国外の親戚の家へ行くことになったというので、うちで預かることになったんですよね」
「そうそう。折角のクリスマスが、会ったことも無い人のお見舞いで中止になるって事でむくれていた私を、ヴァルブルガ様がかわいそうに思って申し出てくださったの」
 
 
今思えば随分ワガママね、と苦笑すると、レギュラスはつられて笑った。
 
 
「それでも、同い年の子どもよりは分別のある方でしたよ」
「あー、偉そうに。私の方が年上なのは変わらないのよ? 」
「その割りには僕より子どもっぽいですね」
「レギュラスが大人っぽいのよ。私は普通よ、普通。多分ね」


────クリスマス前のブラック家はいつもより活気があった。
普段はひっそりと静まっているこの館も、今日ばかりは人の出入りが多く、屋敷しもべ妖精も忙しそうに動き回っている。


レギュラスの部屋は落ち着いた深緑で統一されていて、シリウスの部屋よりも物が少ない印象を受けた。

窓際には大きな日めくりのアドベントカレンダーが置かれていた。
ブラック家の屋敷を模した両開きのデザインのそれは既に20日までのボックスが開けられていて、残りは5つ。中に入っていたのはキラキラ輝く球体や家を型どったオーナメントで、それらはすべて部屋の角に飾られた大きなツリーに吊るされている。


「すてきなお部屋ね。クリスマスの飾りがたくさん」
「まだ、他にもあるんですよ」


人差し指を唇に当てて、レギュラスは秘密の話をする時のように声をひそめた。


「そこのチェストの引き出しの、上から三段目を開けてみてください」
 

引き出しを開けると、中にはズラリとリボンが並んでいた。
リボンの柄は様々で、チェック一つにしても色々ある。赤のタータンチェックにギンガムチェック、どれもカラフルな色合いだ。キラキラ輝く雪のような銀色。少しくすんだ金色に、赤と緑のクリスマスカラー。

 
「わぁ……きれいなリボン! こんなにたくさん集めたの? 」
「ええ。ジルが見たら喜ぶかと思って」
「嬉しいわ、レギュ! ありがとう」


にっこりと満面の笑みを浮かべた私の反応を嬉しそうに眺め、レギュラスは微笑む。


「あと、ひとつプレゼントがあるんです」
「プレゼント? 」


なんだろう。ワクワクしながら手招きするレギュラスについて行くと、引き出しから何かを取り出し、目の前に差し出してきた。
ちいさな両手に乗っていたのは、大小様々なガラスの球体だった。ミントグリーンに淡いピンク、レモンイエローにスカイブルー。どれも銀色の細かい模様が描かれていて、光を反射してきらきらと輝いている。


「これ、もしかして……」
「ツリーにかざる、オーナメントです。去年これを見て、すごくよろこんでいたでしょう? 」
「わあぁ……! おぼえててくれたの? 」
「ええ。ジルがあまりに目をかがやかせていたもので」
「ありがとう! レギュ、あなたって本当、人を喜ばせる天才ね! だいすきよ! 」


喜びのあまり抱きついてそう叫ぶと、レギュラスは顔をりんごのように真っ赤に染めて硬直した。その様子に笑いそうになった時、耳元で突然 パァン! と弾ける音がして、私は思わず飛び上がった。
 

「なっ……なに!? 」
「……ック……!アッハッハッハ!! ジル、お前驚きすぎだろ! 」
「兄さん! 」


声がした方を向くと、そこにはシリウスが立っていた。足音を忍ばせて近付いて来たのだろう、全く気が付かなかった。
シリウスは品の良いチャコールグレーのあたたかそうなセーターを着ているが、その下からシャツの裾が出ていた。恐らくワザとなのだろう。ヴァルブルガ様が見たら怒りそうな姿だが、不思議とシリウスにはそういった少し着崩した格好の方が似合う。きっちりした格好が似合うレギュラスとは正反対だ。


「良く来たな、ジル。人も思想も何もかもが真っ黒な“ブラック家”へようこそ」
「……相変わらずだね、シリウス。それにしてもびっくりした……どうしたの? それ」
「これか? マグルのクラッカーだな」


クラッカーをぷらぷらと揺らして、シリウスはニヤリと笑った。魔法界にもクラッカーはあるのに、わざわざマグルのを持ってくるなんて。


「そんなもの、どうやって手に入れたの? 」
「簡単さ。近所のマグルの家からちょっと失敬した」
「またそんなことをして……母さんに見つかったら、怒られますよ」
「言わなければバレないさ」
「そういう問題じゃあありません」


気分を害したのか、シリウスの表情が徐々に険しくなっていく。険悪なムードをどうにかしたいけれど、口を挟むに挟めない。


「ジルをそっちの思想に引き込むなよ。こいつが興味持ってんだから、とやかく言うことじゃないだろ」
「それはこちらの台詞です。ジルはブラック家に嫁ぐんですよ。兄さんの独断で変な事を吹き込まないでください」
「……なら、相手は俺じゃなくてレギュラスの方がよっぽど向いているんじゃないか?後継ぎがお前なら、親愛なるお母上も文句は無いだろうよ」


レギュラスがクラッカーを取り上げようと手を伸ばす。遠ざけようと後ろに引いたシリウスの腕が、プレゼントを抱えたままの私の腕を払った。


「────あっ」


落ちてゆくオーナメントはスローモーションで目に映った。私はそれを、身動きすらできず馬鹿みたいにぼうっと見つめていた。

ぱりん と軽い音を立ててオーナメントが弾ける。薄いガラスはひとたまりもなかった。


「やめて」


ぽろりと言葉がこぼれ落ちた。僅かに震えた声に、ハッとして二人がこちらを向いた。その顔は不思議とオーナメントを割られてしまった私よりショックを受けているように見えて、私は二人にどんな表情を返したらいいのかわからず、反射的に俯いた。そのまま足元の深緑の絨毯をじっと見つめる。毛足の長い絨毯には割れて粉々になったガラスの破片が散らばって、鈍く光っていた。


「ケンカしないで」


俯いたジルに近寄り、「怪我は無いか」と尋ねるシリウスに小さく頷き返す。シリウスはバツの悪そうな顔をして頭を掻いた。慌てて駆け寄ってきたレギュラスが謝罪する。


「……すみません、ジル。プレゼントが…。せっかく来てくれたのに、失礼なことを……」
「ううん。いいの、大丈夫だから」
「でも……」
「いいったらいいの! シリウスも、あんまりケンカしないでね? 」
「……わかったよ、ゴメンな、ジル。レギュも…言い過ぎたよ」
「……いえ、僕の方こそ…すみませんでした」
「よし! これで仲直りね」
 
 
苦笑を浮かべる二人に無理やり笑いかけて、明るい声でそう言った。


「でも……これ、どうしましょう……? 」


レギュラスの言葉に 皆押し黙る。砕けたオーナメントはどう見ても直せそうになかった。


「……俺が直してやるよ」
「シリウスが? でも、どうやって? 」
「待ってろ、ジル」


バタバタと廊下へ走り去るシリウスの背中を見送って、レギュラスと顔を見合わせた。


「どうするつもりかしら? 」
「さあ……兄さんの事ですから、何をするのか見当もつきません」


二人で首を傾げて待っていると、案外早くシリウスは戻ってきた。軽く息を切らしているシリウスの右手に握られたものを見て、レギュラスは飛び上がった。


「杖! 兄さん、それ、どこで!? 」
「母上様のに決まってるだろ」
「見つかったら大変な事になりますよ! 」
「なら、見つからなければいい」


悲鳴を上げるレギュラスとは対照的に ニヤリと笑うシリウスは楽しそうで、私は咎める気にもなれず苦笑するしかなかった。レギュラスは一通りの小言をぶつけたが、シリウスが全く聞く耳を持たないため、ついにはあきらめたようだった。


「シリウス、魔法が使えるの? 」
「修復呪文なら本で読んだ事がある」
「杖を使った事は? 」
「無い」


きっぱりと言い切った。シリウスは杖を使える事にワクワクしているようだった。


「杖なんてそう簡単に扱えるものでは無いですよ」
「やってみなきゃわかんねえだろ」
「そんな適当な……」
「でも、本当に魔法が使えたらすごいねえ」
「ジルまで! 」
「いいから黙って見てろって。いくぜ? ────レパロ! 」


杖の先でガラスの破片が震える。ゆっくりと動き出したそれは、近くに散らばっていた破片とくっ付き、小さな塊を作り、隣の塊とくっ付こうとして……力尽きたように動きを止めた。


「あれ? おかしいな……」
「止まってしまいましたね」


シリウスがかけた修復呪文はやはり不完全だったみたいで、先ほどよりは大きな破片になったものの、元通りとは程遠い。それから何度か呪文をかけたが、残念ながらそれ以上直ることはなかった。


「……ゴメンな、ジル。直してやりたかったんだけど……」
「ううん、いいの。その気持ちだけで十分よ」


私以上に落ち込んだ様子のシリウスにそう答えて、私は無理やり微笑んだ。やはりオーナメントが割れてしまったことはショックだった。けれど二人だってわざと割ったわけではないし、こんなに必死に直そうとしてくれたのだから、責める気持ちになんてなれなかった。



****



クリスマスイヴの朝、ひかえめなノックの音の後にドアから顔を覗かせたのは、レギュラスだった。


「あれ? レギュラス、おはよう。どうしたの? 」
「おはようございます。……あの、これ……ジルが気に入っていた、オーナメントなんですけど……」


おずおずと差し出された小さな手に載せられていたものを見て、私は目を見開いた。

それはてのひらをすっぽりと覆い隠すほどの大きさで、透き通った透明なガラスの球体だった。
割れて、いびつな形になった薄い破片は淵がまあるく磨かれ、ガラスの球体の中でかしゃかしゃと軽やかな音色を立てる。羽のようだと思った。淡い色合いの、大小さまざまな大きさの、薄い氷みたいな、妖精の羽。


「本当は、兄さんがやろうとしたように、魔法で直してあげたかったんですけど……僕にはまだ、直せなかったので」


もじもじと、恥じ入るように僅かに頬を赤らめてそう言うと、レギュラスは唇を噛んだ。


「レギュが、作ってくれたの……? 」
「はい。元通りにはできなかったので、クリーチャーに手伝ってもらって、新しい飾りにしてみたんです」


じっとオーナメントを見つめて、ぱちぱちと瞬く。尚も沈黙が続くと、レギュラスの顔が目に見えて曇っていくのがわかった。


「……やっぱり、気に入りませんでしたか……? 」


不安に揺れる瞳。ぎゅっと噛み締められた唇が白く色を無くす。
 

「──レギュ! 」
「わっ! 」


ぎゅうっと、強く抱きつく。びっくりして硬直したレギュラスをぎゅうぎゅうと抱きしめながら、私は興奮した声を上げた。


「すごい! すごいわ、レギュラス! とってもすてき! こんな素敵なオーナメント、私はじめて見たわ! 」


突然の行為に目を白黒させるレギュラスにも構わず、私は一気にまくし立てた。
 
 
「妖精の羽みたい!音もきれいだし、ほんとうにすっごくきれいね」
「妖精……? 」


首を傾げて、部屋の隅にいるクリーチャーを見るレギュラスに「ちがうわ」と声を掛けて、私は補足した。


「物語の中の妖精よ。うすーいカラフルなガラスの羽をもった、小さな妖精」


あまりピンと来ないのか、尚も首を傾げるレギュラスの様子に、クスクス笑いの発作がおさまらない。


「……あまり、笑わないでくださいよ」
「ふふっ……だって、かわいいんだもの」
「あんまり子ども扱いすると、僕だって怒りますよ」
「ごめんごめん」


謝罪しても尚、クスクス笑いの発作が収まらない私にレギュラスがへそを曲げたのはまた、別の話。



****



「────あの時のレギュラス、すっごく可愛かったわね」


そう言ってあの日のようにクスクス笑うと、レギュラスは珍しく頬を赤く染めた。


「あの時はまだ幼くて……魔法で直してあげらる事も出来ませんでしたからね。……兄も結局は、直せませんでしたが」
「いいんだよ」
「……え? 」
「私はレギュにあのオーナメントをもらえて、嬉しかったんだから」


自分にできる事を精一杯考えて、実行してくれたレギュラス。その気持ちが何より嬉しかった。


「元通りに直そうとしてくれたのは勿論嬉しいけれど、それ以上にレギュがああして新しく作り直してくれたのが嬉しかったの。元のきれいなオーナメントには戻らなかったけれど、代わりにレギュが私のために頑張って作ってくれたものが貰えたんだから」


キラキラ輝くガラスのオーナメントは、今でも大事に取ってある。子ども時代の大切な思い出と共に、引き出しの中にしまい込んで。


「もしまた壊れてしまったら……ものすごくショックだけどね」
「そうしたら、僕が直しますよ。今度こそ」


ニヤリと笑ったレギュラスは、もう立派な青年だった。その思いがけない男らしさにドキッとして、私は慌てて視線をそらした。その視界の端を、白い欠片がよぎる。


「――――雪? 」


天井からはらはらと、白い羽のような雪が舞い降りてきた。辺りを見回すと、雪は部屋中に降っているようだった。教師の誰かが試しにでも降らせたのだろうか。

それは幻想的な光景だった。


「綺麗ですね」
「うん」
「来年も、こうして一緒にクリスマスを過ごせたらいいですね」
「もう来年の話? 」


クスリと笑うと、レギュラスは少し拗ねたように目を細めた。


「いけませんか? 」
「……ううん。私も、ずっとレギュラスと一緒にいたいもの」


思い切ってそう言うと、レギュラスは驚いたように目を見開いて、ゆっくりと笑った。


「なら、これから先、ずっと貴女の隣は僕のものです」


そう言って悪戯っぽく笑うと、レギュラスは私を引き寄せキスをした。


「────好きですよ、ジル」



恥ずかしくて嬉しくて、想いは言葉に出来なくて、でもそれを伝えたくて、私はレギュラスに口付けた。

prev next