「誰って…デイダラにいつもちょっかい出してくるお調子者の」
「そんな奴しらねーよ」


トビどころかゼツのことも、そして尾獣狩りのことすらデイダラは知らなかった。


「それに、ゆうこが気を失ったときオイラは一緒にいたんだぞ」


デイダラの反応に対してやけに落ち着いている自分がいる。人間、あまりに想定外な事が続くとかえって冷静になれるものだ。

それに、実は少し前から薄々気付き始めていたことがある。


「丸一日起きなかったんだよね、私」
「うん。随分うなされてたぜ。さっきの話はその時見た夢じゃないのかい?」


夢ではないことは私だけが分かっている。現実の出来事だということを五感全体に残った感覚がはっきりと示している。それを否定するのは私が私であることの否定にも繋がってしまう。
デイダラの言っていることも本当。嘘をついて私を騙す必要性がない。つまり、食い違っている私とデイダラの主張はどっちも間違っていない。

だとすると、俄かには信じがたいことだけど。
“ここ”は私のいた世界ではないのかもしれない。


思えばトビの仮面の奥の目を見たときから異変は始まっていた。

瞳術。

詳しい知識はないけど、瞳術は特定の人物を幻術にかけることができる。今の状況が幻術の一部だとしたら、私が木の葉にいることも、デイダラがトビやゼツを知らないことも、あり得ない状況の全てに説明がつく。私を取り巻く何もかもがトビの作り出した世界の構成要素で、水晶玉の光に包まれた直後に“ここ”に飛ばされてきたとしたら。

何のためにトビがそんなことをしたのかは分からない。でも確かに彼は、「試作の被験体になってもらいたい」と言っていた。おそらく私は今、彼の手中で「月の眼計画」とやらの道具として利用されている。
かなり核心に近い仮説だと思う。


「変なこと言ってごめんね。私やっぱり、悪い夢見てたのかも」


私の知っている真実がここでは何の意味も持たない以上、下手なことを言って混乱を招くのはかえって危険かもしれない。
この世界が偽物だといっても、私の行動は他の物に影響するし、ちゃんと実体を伴っている。幻術というよりはもう一つの「現実」だ。
私にできることは、元の場所に戻る手立てを見つけるまでこの世界の人間に成りきること。そしてあわよくば、トビの陰謀を突き止める。

なんだか孤独な戦いだ。

でもどうせなら思い切り、この矛盾だらけの世界を楽しんでやる!
トビの掌で弄ばれるだけなんてまっぴら御免だ。

にっこり笑いかけると、デイダラは不気味なものでも見たかのようにたじろいだ。





大事をとってもう一日休んで退院することになり、翌日、病院前で待っていたデイダラと合流した。単純な彼のことだから昨日の私の話は寝言くらいにしか思っていないようだった。


「今度から、何でも溜め込まずに相談しろよな」


別にオイラじゃなくてもいいけど、とぶっきらぼうに付け足したデイダラは私が精神的疲労で倒れた(ということになっている)のを本気で心配してくれていたらしい。


「昨日はよく寝た?」
「それはオイラの台詞だろ、バカ」


私の“新生活”がはじまった。





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