撫でるように吹く風。髪を靡かせて通り過ぎ、耳を澄ましている訳でもないのに聴こえるその音は、任務後の疲労が溜まった心を癒すには十分だ。無防備に身体を休めていたら、忍びよる人の気配に気付くのに少し遅れた。


「イタチ?」
「…まつこか」


彼はそのまま私の方に歩み寄り、隣に来ると足を止める。木陰に座り込んでいる私と同様にその場に腰を下ろして小さな溜息をついた。思わず触りたくなるような艶のある黒髪を揺らして、私を横目で見つめる。イタチに見つめられると心の中まで読まれている気がするから、やましいことが無くてもすぐに目を逸らしたくなるような衝動に駆られる。これは瞳力ではなく彼特有の佇まいがそうさせるんだと思う。


「任務は終わったのか」
「うん。思ったより早く終わったから休んでた」
「そうか、お疲れ様」


そしてイタチも同じなんだろう。
彼の言葉は一つ一つが短く、すぐに会話も途切れてしまうけど、私はそれが嫌いではない。むしろこの何となく暖かな空気が心地良く時間さえも愛しく思える。ただそれは彼に対する特別な感情からくるものではない。彼は私にとって同じ組織の仲間でありそれ以上でも以下でもなく、きっとこれからもそれは変わらないはずだ。
イタチは自分の手の甲に落ちてきた木の葉が風にさらわれて飛んで消えていくのを見届け、ゆっくりと口を開いた。


「どうだ?」


たったこの一言で彼の言いたい事が分かってしまうのが少し誇らしい。私はまだ暁に入ったばかりで、正式ではなく仮のメンバーという位置付けで扱われている。最初は慣れない環境に戸惑っていたけど、さり気なく気を遣い、影で私を助けてくれているのがイタチだ。一緒に居る時間が他のメンバーより比較的多いからか、少ない言葉の中で彼が言わんとしている事が大体把握できるようになってきた。


「早くメンバー候補から抜け出したいな」
「…そうか」


暁に入ったことは後悔していない。イタチにも出会えたし、何より今過ごしている時間ほど幸せなものはないから。今度は私が彼を見つめる。


「なんでイタチはそんなに綺麗なの?」


顔も髪も瞳も手も指も何もかもすべて。嫉妬を通り越して素直に賞賛してしまう陶器のように白い肌が黒い瞳をより引き立て、美しい。


「…それは俺に使う言葉じゃない」


予想通りの反応。その物憂げな表情に、一体どれだけの人間が魅入られてきたのだろう。
髪に触れる暖かいもの。驚いて顔を上げるとそれは紛れもなくイタチの手で、細く長い指が私の髪を梳かすように動いていた。風のように優しく撫でられているようで、心地よい感触。このまま時が止まってしまえばいいのに。まつこ。囁くように名前を呼ばれ、静かに耳を傾ける。


「お前の方が綺麗、だ」


それ以上私を苦しめないで。どんなに優しい言葉を掛けられても、其の奥に本当のあなたがいないのは分かっているから。

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