埃を被っていた小さなオルゴールからはまだ綺麗な音が出た。久しぶりに聴く懐かしい音楽。その音に耳を澄ませながら目を瞑ると、すぐにあいつの顔が浮かんだ。それはやけに鮮明に見えて、手を伸ばせば届くような気がした。
デイダラ、と名前を呼ばれた。それが幻聴だったのか確かめるために後ろを振り向くと、網膜に映ったそのままの表情を浮かべたまつこが立っていた。くすくすと笑いながら髪を揺らした。何十回何百回と頭の中で反芻してきた仕草だ。目を細めて俺を見つめながら今までどうしていたのか訊いてきたが、何も答えられなかった。またからかうように笑いながらまつこは言葉を選ぶように「元気に、してた?」……俺はまた何も言わなかった。言えなかった。答えの分かっていることを聞いてくるのはどうかしている。


「今日の任務、大変だったね」
「何で知ってるんだ」
「だって、見てたから」
「……そうか」
「寂しくない?」
「何がだよ」
「分かってるくせに」
「お返しだ」
「ははっ、やっぱりデイダラだ、変わってないや」
「まつこもな、うん」


一体何日、何ヶ月ぶりなんだろうか、目の前でまつこの声を聞き、顔を見るのは。あれだけこういう日を望んできたはずなのに、いざ実現すると意外に落ち着いていられるものだ。ぎこちない笑みを浮かべながらそんなことを考えていると、いつの間にかまつこは俺の隣に居た。手を握ってきたが、感触はない。温もりはあるような気がする。まつこはさっきの気丈な姿からは一転して、触ったら壊れそうな儚げな横顔が別人のようになっていた。似合わないくせにやめろと髪を撫でてやろうとしたが、やっぱり触れた感触はなかった。それに気付いたのかまつこはこっちを向いて静かに唇を動かした。


「じゃあ、そろそろ行くね」


何か言いたげな表情のまままつこは云った。まだ動いていたオルゴールの静かな音楽がゆっくりと流れていき、最後には止まる。以前、音楽に全く興味のなかった俺にまつこがくれたのだった、それを見つめていた視線を再びまつこの居た空間へと移動させる。そこにはもう何もなかった。さっきまで居たはずのあいつはそこには居なかった。

「寂しくない?」と顔を覗き込んできたまつこの瞳は潤んでいた。俺はその零れそうな水滴を見つめながら、手を握った時も、髪を撫でた時も、感触があった頃のことを考えていた。柔らかい感触と温もりはまだ覚えていた。思えば、狂ったようにお前の名前を呼んでいたあの日が最後だった。

「なあまつこ、」いつまでも俺は思い出していた。お前がどんな風に笑って、どんな風に泣く女だったのか。冗談を言って無邪気に笑い、機嫌が悪い時には頬を膨らませ、寝ぼけている俺の額を小突き、静かに寄り添って甘えてくる、色々なお前の姿を今でも容易く思い出すことができる。こんなことばかりずっと忘れないでいるなんて、永遠の美を語る旦那みたいだよな?笑っちまうだろ。



「なあまつこ、」



そこに俺も連れて行ってくれよ。


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