「そこに居たのか」
草木の揺れる音がした方に視線を移動させると、茂みから出てきたデイダラが一瞬周囲を確認したあとゆっくり私に近付いた。かすり傷一つ無いどころか少しも髪が乱れていない所はやっぱりさすがだ。
「そっちはどうだった」
「余裕で全滅。まつこも終わったみたいだな、うん」
「捨て身でやったからね」
「笑えねえよそれ」
デイダラは眉一つ動かさずに自分の着ていた外套を私に被せた。寒くないのにと言うと、いいから着とけとぶっきらぼうに返された。まだデイダラの体温が残っているそれは疲労した身体にすっと馴染んだ。
「ずっとからかってたけどデイダラはやっぱり才能あると思うよ。前衛的すぎて理解されにくいけど」
私にかける言葉を選ばせないようにと、無意識に口が動く。これまで全く変わらなかったデイダラの表情がほんの一瞬だけ歪む。何だか勝ったような気がした。
「まつこに煽てられると気味が悪い」
「まあまあ。こういう時に言うことが本心なんだからさ」
こういう時ってなんだよ、と頬をつねられる。いつもみたいに思い切りされなかったけど、いつものように、痛い、と文句を言った。
「オイラにできるのは壊すことだけだ。だから」
「だから?」
「直すことはできない」
「そんなのできたらつまらないよ」
だからこそ一瞬の儚さが芸術的になるんだよ。それなのにらしくない事を言うデイダラが可笑しくて、ふっと息が漏れた。
「ごめん、ちょっと眠くなったから少し寝るね」
「お前はどこまでもマイペースだよな」
「今日は、なんか、疲れた」
下がってくる重さに耐え切れずに瞼を閉じたらやっと楽になれた気がした。そのうち正面が影で覆われる気配がして、ぽつぽつと水滴が落ちてきた。
「ねえ、雨降ってきたよ」
「外れ。快晴だ」
「なんでそんな、しょうもない嘘つくの」
「だから、嘘じゃないっての」
すぐに返ってくる言葉が私を遠のく意識から引き止めてくれる。聴覚が麻痺しているのか、徐々に震えて聞き取りづらくなってくるデイダラの声に必死にすがりつく。地面に接した背中が熱を帯びて心地よくなってくる感覚が不思議だ。
「まつこ、もういい加減起きろよ」
さっき目を閉じたばっかりなのに、返事に困っていると、額を撫ぜるように柔らかいものが触れた。それは静かに鼻に降りてきて唇の上で止まった。温かい息と共に塩分を含んだ水滴が口の中に入っていく。唇から離れる度に何か言われるのが聞こえるけど、それは言葉として認識できない音になって消えていく。ずっと私の胸に乗せられたデイダラの手がどんどん汚れていくのがなんだか申し訳ないけど、流れるものを止められるはずないし、もう大丈夫だよ。あと残ってる感覚は、握っている手や、傷口を塞いでくれている手から伝わってくる振動だけだ。
それよりデイダラ、あのね。
「元気にしてた?」
もし次に目が覚めたら笑いながらこう言うんだ。今はもう出来ないみたいだから。でも、もし本当に元気だったらちょっとだけ寂しいから、たまには、ずっとじゃなくていいから、たまには私のことを思い出して途方に暮れてほしいよ。粘土をいじっているときにふと、思い浮かべるくらいでいいから。そしたらきっと私はそこにいるし、慰めてあげるから、それまで、それまでね。