隣の席のまつこは暫くぼんやりしていたかと思うと、おもむろに白い画用紙を机に広げて大胆に筆を走らせ、前のめりの体勢のままオイラに顔を向けて自信ありげな笑みを浮かべた。


「降りてきた。この崇高な頭に」


どこぞのインチキ霊能者のような言葉を吐いて数分で完成された絵は何というか、オイラの語彙力では説明しようのない代物だ。


「何だこれ。なんで人の頭に手が生えてるんだ?」


人間のような怪物のような物体が真ん中に鎮座しているが作品のコンセプトは全く意味不明。幼児の落書きの方がまだマシなんじゃないかというくらい雑な色遣い。こいつ芸術なめてんのか?
思ったことがそのまま表情に出ていたらしく、まつこはむっとした顔でオイラから画用紙をひったくった。


「芸術に常識なんて無いでしょ。デイダラも言ってたじゃん」
「うん…まあ確かに……」
「個性のない粘土造形しか作れない人に言われたくないんですけど」
「なんだと?」

「まあまあデイダラちゃん抑えて。 だいたいサソリせんせーの授業なんて何でもありなんだからよ、気楽に行こうぜ」


突然現れた飛段が緩衝材となり反論は不発に終わった。暇を持て余して教室をうろうろしてたらここに辿り着いたんだろう。またネクタイを忘れてきたらしいこいつは能天気に見えてたまにもっともらしいことを言うから調子が狂う。飛段が来たことにより認めたくないが居心地の悪い空気は一変してまつこの態度から棘が抜けた。


「飛段は何か描いた? 見せてー」


さっきまでオイラを睨みつけてたくせに飛段にはニコニコしやがって。女って切り替え早えーよな。
粘土の侮辱に対する怒りはすっかり収まったはずなのに別のところで変な感覚がふつふつと沸き上がってきた。胸なのか喉なのか無性に掻きむしりたい衝動に駆られる。無意味にシャツの第二ボタンを開けるも何も変わらない。


「あーっ!飛段すごい!」
「だろ! オレって才能あるんじゃねェ?」


「ジャシン様だ」と説明されなければ、いや説明されてもまつこと同じく何を描いているのか分からない見てて気持ち悪くなるような絵。ていうかもはや絵とも呼びたくない。これをべた褒めするまつこの感性はどうかしてる。と心の底から思うのに、なんだこの悔しさは。まるでこの二人にしか分かり合えない世界だと言われているような疎外感。相変わらず胸のあたりのむず痒さが収まらない。
あーーー! 何なんだよオイラが塑造専門だから絵画のことが理解できないとでもいうのかよ! オイラの杓子定規な考え方がいけないってのか?
芸術は、芸術は… 確かに、こいつらのような多少異常でも自由な感性が芸術には求められるのかもしれないが、いや本当に言いたいことは芸術とかそういうことじゃなくて……


「デイダラどうしたの、変な顔してるけど」
「いや、さ……さっきは頭ごなしに否定して、その、ごめんな。冷静に考えたらお前の絵も、立派な芸術形態として確立しているシュルレアリスムという…」
「なんか壊れたよこの子」
「デイダラちゃん」


飛段に肩を叩かれて我に返るとまつこが怪訝な顔でこっちを見ていることに気付いて咄嗟に目線をそらしてしまった。矢先にさっき馬鹿にした絵が目の前に広げられる。


「まつこの描いた絵、これデイダラちゃんだろ。ほら、この頭についてるやつ丁髷だし」


ふざけているのか分からない飛段から絵を取り上げて指差されたところを改めてよく見ると、手が生えていると思ったのは勘違いだだたようで、確かにそう言われたら人間の髪の毛に見えてきた。トリックアートかよこれは。
…いや、そうじゃなくてなんでまつこがオイラの絵を?


「やっと分かったんだね」
「言われなきゃ分かんねーよ…てかなんでオイラを」
「だって普段はアホみたいなのに美術の時のデイダラはかっこいいから」


何を言ってるんだよ。
そういうことをよく恥ずかしげもなく言えるよな。けなしてんのか褒めてんのか分かんねぇ。大体、美術の時のオイラを描いたなんて、言われなきゃ、あんないびつな絵じゃ誰だって気付かないだろ。一人例外がいるが。
案の定 飛段の馬鹿でかい冷やかしの声が教室中に響いて一斉にクラスの奴らの注目を浴びた。また別の意味で居心地が悪くなったオイラは適当な理由をつけて保健室に逃げ込むことに決めた。


「待って、私の絵持ってってる!」


廊下に出た瞬間に後ろから手を掴まれた。振り向いて今の顔を見られたら絶対みんなに馬鹿にされるに決まってる。この時ばかりは原因の分からない体のむず痒さで気を紛らわせられたらいいのにいつの間にかそれも無くなっちまってるし、こういう態度しかとれない無様な自分をぶっとばしたくなる。間違って持ってきた絵は返すから、頼むから今は早くオイラに構わないでどっかに行ってくれ。


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