金木犀の香りに導かれて来た場所にはかつての幼馴染が居た。見慣れない黒の外套に身を包み、高く結い上げた髪。多少装いは変わっても数年前の面影は残っている。私と彼だけが時を越えてきたかのように、この景色も、匂いも、あの時からまるで変わっていない。


「今更何しに来たの」
「生まれ育った里への郷愁ってやつかな、うん」


そういうことはもっと感傷的な表情で言うものでしょ、とか文句を言ってやりたかったけど、ふと夕日に向けられたデイダラの横顔が風景の一部のように映えていて思わず見とれてしまった。背も髪も伸び、以前と比べて大人びたデイダラは私の知っている彼とはだいぶ違っていて、面影があるといっても何だか知らない人のように思える。過ぎた月日はこんなにも長かったのだ。


「私が追い忍じゃなくてよかったね」
「そうだったとしてもお前なんかにオイラは殺せないぜ」


自信満々に里抜けしたものの少しは反省して戻ってきたのかと思ったけど、ふてぶてしい態度は相も変わらず。赤い夕日に照らされていた顔が静かに私の方に向けられた。黄色い髪が強めの風にはためき、デイダラは鬱陶しげに長い前髪を掻き上げる。


「昔よくここで一緒に遊んでたよね。どっちが綺麗な紅葉見つけられるかって勝負したの覚えてる?」
「さあ…覚えてねーよそんなもん」


二人とも躍起になって、夕日が暮れるまでずっと探してた。なんでそんな下らない勝負を始めたのか分からないけど、絶対勝つという根拠のない自信があったことは覚えている。


「結局、二人でオオノキのじいちゃんに見せにいったら引き分けだったけど」
「そんなことあったっけか」


オオノキのジジイか、そんな奴もいたなあ、と顔をしかめたデイダラを見て自然に頬が緩む。誰もが恐れるオオノキじいちゃんはデイダラに対して特に手厳しかった。


「ちょうどこんな時期だったよ」
「思い出話はもういいだろ。お前は話し込むと長いからな、うん」
「あはは、ごめん」


風が強くなり落ち葉を巻き上げる。耳にかけた後ろ髪が激しく靡いて視界を遮る。風の音に負けないように声を張った。


「昨日、婚約したんだ」
「ふーん。お前の旦那様は相当な物好きだ」
「うるさいな。素直にお祝いしてよ」


瞬きをするほんの少しの間に、デイダラは私との距離を縮めた。「手、」と顎で促されて言われるままに差し出すと、掌に何かがふわりと落ちてきた。
真っ赤に染まった、子どもの手のひらのような紅葉。


「こんなもんしかねーけど」


なんだ。ちゃんと覚えてるじゃん。不意に胸の奥から言葉に出来ないものがこみ上げてきて、喉のあたりでつかえる。それが溢れてしまいそうになるのを紛らわすために手に乗った紅葉を見つめ続ける。お世辞を抜きにしても、混じり気のない赤一色のその葉は艶があって美しい。


「今度こそオイラの勝ちだな、うん」


顔を上げると得意気な顔をしたデイダラに、昔の面影が重なった。その誇らしげな表情がなんだか懐かしくて鼻の奥がつんとなる。口を開くとまた何かが零れそうになって慌てて堪える。脈絡もなく、何度も心の中で反芻してきた古い記憶の一部が脳裏を駆けた。


『そろそろ帰らないと怒られる!』
『もうそんな時間か、うん』
『デイダラもきっとお母さん待ってるよ』
『だろうな。帰るか』
『また明日遊んであげるからね』
『それはオイラの台詞だ!』
『あはは。じゃあまたね』
『おう、また明日な』


「せいぜい元気でやれよ、まつこ」
「デイダラもね。あんまり悪い事してたらオオノキのじいちゃんが飛んでくるよ」
「馬鹿め。オイラはとっくに犯罪者だ」


体中葉っぱだらけになって笑い合ったあの日も、喧嘩してお互い口をきかなかった日も、あの夕日と一緒に全て沈めてしまえば止まっていた時間がやっと動き出すんだ。数年越しに明日がやって来る。満たされる日だってきっと来る。
聞いてデイダラ。こんな私でも大事にしてくれる人が出来たよ。もう心の片隅にある過去には頼らない。昔も今もあなたに心配ばかりかけてごめんね。ごめんなさい。随分待ったけど、ちゃんと今日を終わらせてくれてありがとう。あのね、もう、届かないの分かってるけどさ。ずっと好きだったよ。愛してたよ。

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