「あーあ」

どうしよう困ったな。

ぱきゃ、と何とも不穏な音が響いたかと思うと足の裏から全身にかけて嫌な振動が広がった。
もうこの一瞬で何が起きたか理解したよね。そして冷静な頭の中、短くて儚く終わるであろう自分の半生に走馬灯みたく想いを馳せちゃった。嗚呼あっけなかったぜ私の人生!

傀儡には微々たる部品の一つも欠けてはいけない。ほんの些細な手抜きが全体の動きを鈍らせてしまうそうだ(もちろんその変化は素人目には全く分からない)。だからサソリさんが作業をする時はいつも細心の注意を払ってなるべく近付かないようにしていた。でも珍しく今日はサソリさんがメンテナンスの後片付けを私に任せて出掛けちゃったものだから、期待に応えたくてつい張り切りすぎてしまった。結果的にそれが空回りしてしまったんだけど。
視界の隅にある砕けた部品が私を嫌でも現実に留まらせようとする。サソリさんの鬼のような形相が脳裏にちらついて離れない。とにかく今のままでは私の未来に待っているのは死だ。間違いない。

それから数時間、あらゆる手段を尽くして修復作業に徹した。だけども不器用な私にはどこがどんな風に壊れてしまったのか検討がつかず、もはやこれ以上状況を悪化させない為にはそのまま放置することが得策だと気付いた。そしてついに一つの結論にたどり着いた。

逃げよう。

私はサソリさんに言われた通り後始末を完璧に終わらせました。だけどすぐに部屋に戻ったのでその後何が起きたのか知らないのです。きっと物盗りか何かが来て道具箱を荒らしていったのかもしれませんね…
問い質された時はこんな感じで知らぬ存ぜぬを突き通そう。現実逃避に近いプランに無理やり活路を見出した私はもう何も怖くなかった。動転している頭では何故かこれでいけると思ってた。扉を開けたところで任務帰りの彼とばったり遭遇するまでは。


「ににに任務終わったんですかサソリさん」
「ああ」


もう何てグッドタイミング!!最高だね!神様は私に死ねと言ってるんでしょうか? 無意識にサソリさんを通せんぼしてしまったのがかえって怪しいことに今更気付いたけど時すでに遅し。怪訝と苛立ちを含んだ視線が突き刺さってますます後に引けない。


「で、お前は何やってんだ。どけ」
「ちょっとそれは無理が…」


いつの間にか私をすり抜けて背後に回っていたサソリさんは視界に入った情報を脳内ですぐに処理したようだ。何も言わず床下の残骸に近付いて行く後姿だけでも殺意がむくむくと湧き上がっているのが分かる。それを包み込むように居心地の悪い静寂が広がる。
おそらくこの沈黙は破っても守っても正解ではないのだろう。でも今サソリさんはきっと私の言葉を待っている。悪いことをした子供の弁明を待つ母親のように。私が切り出さないと、何か…!


「き、きっと物盗りかなんかがサソ」


背を向けたまま繰り出されたクナイが私の左頬を掠めた。もう言い訳はやめよう、私に逃げ道はない。殺られる。


「まつこ…、お前さっき逃げようとしてただろ」
「…ごめんなさい」
「ただでは済まねえってことくらい馬鹿なお前でも分かるよな?」


首を大きく横に傾げ軋んだ音を鳴らしながら歩み寄るサソリさんは軽くホラーです。というかリアルにチャイルドプレイだ…!常人には真似できないほど異様に傾げられた首が無表情なのがさらに恐怖を掻き立てる。


「壊しちゃってごめんなさい。でもまだ死にたくないです…妙齢女子ですし…」
「殺す、とは言ってない」


まじですか!生かしてくれるんですか!
希望の色を取り戻した私の顔を鬱陶しげに一瞥し、首を元に戻したチャッキーもといサソリさんは顎に手を置いた。こういう人間らしい仕草も完璧な造形作業の賜物なのだ。私が踏んでしまった部品だってどこかの部位を動かす重要な役割を与えられていたにちがいない。ああサソリさんごめんなさい。言い訳も逃げもしませんどうか私に出来る限りの償いをさせてください。


「ただ代償としてこれから三日三晩、俺の研究室で新薬の実験体になってもらう。どういった副作用が生じるか試してみないと分からないが…まあ生命力強けりゃ死なねぇだろ。後遺症の可能性は否定できないけどな」

「冗談ですよね…」
「拒否権はないぜ」


喉の奥でくつくつと笑う。やっぱりサソリさんはサソリさんだ。揺らがない冷酷非道ぶりですね。文字通り血も涙もないっすよ。


「万が一死んじまっても、今よりキレイにしてずっと可愛がってやるよ」


ずっと、にアクセントを置いたサソリさんの物言いはとても冷淡なのに何故か色っぽかった。

もしかしたら本当に、彼の手によってお人形にされてしまう日はそう遠くないのかもしれない。あの薄暗い地下牢のような異臭が充満した密室で、他のお仲間と一緒に並べられて。
…でも、サソリさんの「作品」になるのは案外悪くないことかもしれない。コレクションって大事にされてしかるべきものでしょ?人間でいる今よりもずっとサソリさんに優しくしてもらえるならそれはそれで、


「何にやにやしてんだよ気色悪い」
「私が人形になったらどの傀儡よりも丁寧に扱ってくださいね、サソリさん」
「その減らず口をまず削ぎ落とさねぇとな」

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