「まつこさんに似合うと思って」と差し出された髪飾りは薄いピンクの花を模っていた。諜報活動で立ち寄った里に売っていたらしい。


「今日は私の誕生日じゃないけど」
「やだなぁ、日頃の感謝の気持ちっすよー」


トビがお土産をくれるのは別に珍しいことではないけど、食べ物じゃなく身に着けるものをこうやって個人的に買ってきてくれたのは少し意外だった。その上有難いことに私は柄にもなくこういう可愛らしいアクセサリーが好きだ。誰にも言ってないけど。


「気に入りました?」
「うん。こういうの欲しかったんだよね」
「良かったー!」


一体どういう風の吹き回しか知らないけれども、別に何か仕掛けられている訳でもなさそうだ。頭の後ろに手をやって面の下は得意気な顔をしているであろうトビにお礼を言うと、高そうな装飾品が惜しげなく使われているその髪飾りをポケットにしまおうとした。
そこにトビの待ったがかかる。


「せっかくプレゼントしたんだから着けてくださいよ」
「えー、今?」


外出用にしたかったんだけどな。アジト内でこんな女の子らしいものを身に着けると誰かにからかわれることが目に見えている。…けど、例えトビであれ異性からの贈り物が満更でもない私は素直に髪をまとめて花を飾った。
黙って見ていたトビが、「おぉーいいっすね」と、感情の篭っていない声で言うと同時に私の手首を掴んだ。


「デイダラ先輩に見せに行きましょ」
「なんでデイダラに…っていうかそれが狙いだったの?」


もしかして、デイダラとの関係を取り計らってくれるためにこれを?トビって案外良い奴なのかもしれない。
なすがままに広間に連れて来られると、地べたで胡坐をかいて粘土をこねるデイダラがそこには居た。頭に小さな重みを感じつつ立ち尽くしている私に気付いたデイダラが不機嫌そうに顔を上げる。


「なんだよお前ら」
「先輩、まつこさん見てください。可愛いでしょ?」


トビが指さした私の頭に眉をしかめたままのデイダラの視線が移動した。「似合ってるかな?」と照れ笑いを浮かべる私の顔と髪飾りを交互に動いた後、視線は手元の粘土に戻った。その間数秒。


「用はそれだけかよ」


粘土弄りを再開する。私の笑顔も速やかに消える。
「いつもと違う私」を演出してみた女の子にこんなにそっけない言葉をかける男なんてどの恋愛小説にも出てこないぞデイダラくん。


「そんなんだからモテないんだよ芸術馬鹿!」


無反応。

粘土>>>まつこ という不等式をまざまざと思い知らされて私の淡い期待は崩れ去った。そもそも何に期待してたんだろう私は。あほらし。

やり切れずに部屋を出ようとすると、後ろからトビが申し訳なさそうに小声で呼び止める。
「まつこさん待ってください」
…ついてこないで。私がデイダラの眼中に無いってことが嫌でも分かったから。慰めなんて、


「口止めされてるんですけど、実は頭のソレ、先輩が選んだんですよ」


いらな……えっ?
振り返ってトビの向こうを見やるとばっちり目が合った、デイダラが顔をみるみる赤に染めて慌てたように顔を伏せる。


「デイダラー!」
「うわっ、のしかかんなよ重い!」
「私のために選んでくれたの?」
「何のことだ……ま、さかトビの野郎が!」


私が着けた髪飾りを見てすぐに目を伏せたのも、その後顔を上げてくれなかったのも照れ隠しだったの?
本当はデイダラが買ってくれたくせに渡せなかったからトビに頼んだの?
どんな顔してお店で選んだの?
なんて質問を浴びせてもちゃんと答えてくれないことは分かってる。それは後でトビに全部教えてもらうからね。

トビに食って掛かろうとしているデイダラの後ろからありったけの力で抱き付いていると次第に抵抗をやめて大人しくなった。服の上からでもはっきり感じるくらいの体温が伝わってくる。ありがとうとデイダラの耳元で呟くと全身の力が分かりやすく抜けていく。熱いよ、デイダラも私も。


「その花…、やっぱりお前に似合ってる…うん」


それ。たったそれだけの言葉が欲しかったんだよ。私の顔も真っ赤だけど、長ったらしい髪で隠れているデイダラの顔はもっと真っ赤にちがいないね。

- ナノ -