目の前に立っている男はどうやら私の待ち望んだ救世主ではないようだった。身構えることもせず力を抜いてぼんやりと立つその男は、この状況に似つかわしくなく不気味である。

「残ってんのお前だけか、うん?」

そこら中に散らばっている数分前までは人間を形成していた破片を平然と踏み潰しながら、だるそうに近づいてくる。不快な足音が耳に障る。

「ほんとは一発ドカンと里ごと全壊させるつもりだったんだが、そう上手くいかなかったな」

うーん。男が唸りながら不機嫌そうに空を仰ぐ。縮められた距離を取り戻すべく後ずさりを試みるも、それに気付いた男の一瞥により動きが止まる。
気付くと、百足を形どった粘土らしき物体が私の身体にがんじがらめに巻き付いている。

「この、人殺し…」

親を。兄弟を。友を。里の皆を。全部目の前の男が一瞬にして奪った。それでも、どんなに脳が殺意で沸騰していても、全ての憎しみを力に変換したところでこの男には敵わないという絶対的な確信が私を無力にさせる。

「もういい。早く殺して」
「お、命乞いしないのか。珍しい奴だ」
「皆死んじゃったのに一人でどうやって生きていけばいいっていうの」
「…だよなぁ。まあ、言われなくても殺してやるけど、オイラをただの人殺しだと認識したまま死なれるのはちょっと癪だな…うん」

彼は自身の芸術観がどれだけ崇高なものであるかを得意げに語った。この集落を襲ったのは自分の「作品」の完成度を試すのに丁度いい環境だったから、しかし女ひとり死に損なったことが一つだけ気に入らないと不満を漏らした。満足いく結果でなかった割にはそこまで落ち込む様子でもなく、口の端は常に狂気で持ち上げられている。

「…あなた、気違いね」

死ね。死んでしまえ。訳の分からない美学のために無関係な人間を巻き込んだ、血の通っていない目の前の男が、いつか誰かの手によりこの世で最も残酷なやり方でもがき苦しみながら死んでくれますように。

「そりゃどうも。で、最期の言葉はそれでいいのかい?」

男が右手を持ち上げ、ゆっくりと印を結ぶ。その奥の表情を満たしているのは純粋な狂気と陶酔。

「心配するな。ちゃんと手は抜かずにオイラの芸術で殺してやっからよ、うん」

爆風で視界が遮られる直前に見た男の姿は後光が差していて不本意にも美しかった。

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