「お前、そろそろ動けよ…うん」


馬鹿にしているというよりも、軽蔑するような調子を含んだ声が上から降ってくる。その声の人物に顔も向けないまま うーんと唸るような返事をして寝がえりを打つ。同時にテーブルのどこかに腰をぶつけて無意識にうっと声が漏れた。腰をさすりながらうつ伏せになる。若盛りの女の子ですよ。これでも。


「動けってそういう意味じゃねーんだよ」


さっきよりも苛立ちをプラスした声。床に顔を伏せたまま返事の代わりに小さく呻いてみたけど聞こえていないみたいだ。


「聞いてんのかよバカ!」
「はっ はい、なんですか!」


慌てて顔を上げると、屈んでいて思った以上に近くにあったデイダラの顔に驚いて、全身をずらして距離をとる。何で逃げるんだよと言わんばかりの、苛立ちから怒りに発展しているともとれるデイダラの顔を見つめながら、だって眠いんだもんとかいう欲求に任せた発言はさらにデイダラの怒りを誘発することになりかねないことを確信した。


「いつまでコタツに寝てんだよまつこお前は、うん?」
「…久しぶりに任務無いんだから、ごろごろしてもいいじゃん」
「オイラも休みなんだけど、今日」
「え?」


知ってますよ。そんなことは分かってる。そもそも彼が怠惰な一日を過ごしている私に説教を垂れる暇があるところから推定して、オフなんだろうなということくらい私でも考え付くよ。何が言いたいのあんたは。回りくどい!


「え?じゃねーよ。何でオイラの部屋に来なかったんだ」
「何でって…私がデイダラの部屋に行く理由なんてないし」
「理由?」


一瞬、ぽかんとしたデイダラのドングリのような瞳が私を捉える。そして漸くさっきからの質問攻めに困惑気味な私の心境を察したのか、彼は小さなため息をついて目を逸らした、かと思うと、寝転んだ状態だった私の両脇をがっしと掴んで力任せに引きずり始めた。


「理由なんていらねーんだよ、うん」


ちょっと待って、と悲鳴混じりにストップをかける言葉はあっさりと無視されて、私の身体はデイダラの胸の中にすっぽりと収まった。全体重がかかっているというのに、デイダラの身体はぐらつかない。暁の中では背も低めで小柄だと思っていた彼の、意外とがっしりとした胸に少しどきどきした、なんてことは死んでも言うつもりはない。


「こっちの方があったけーだろ!」
「離してよっ」
「やだ」
「困るってば!」
「なんで?」


デイダラが自分の胸から私の上半身を持ち上げ、強制的に顔と顔を向かい合わせた。
ニイ、と口端が吊りあがる。このデイダラの表情は、彼が先導権を有していることをはっきりと示している。それはどこか幼い悪戯好きの少年のようなあどけなさと一緒に、色気までも含んでいるのだ。悔しいけどこんなに魅力的な表情を他に知らないし、現にその表情を向けられているいま、どうしようもなく動揺してしまう。笑って少し細めても目力の変わらない彼の視線、に、捕らわれまいと必死に泳ぐ私の視線。


「動揺しすぎだろ」


デイダラの息がかかり、熱っぽい空気が私の顔をさらに上気させる。
(もうダメ降参しますごめんなさい)
沈黙と距離に耐えかねてゆっくり瞬きをしたとき、瞼を下げるのと同時に唇に何かが触れた。目を開けるとさらに近付いたデイダラの顔。この状態でのキスは、私の意識を朦朧とさせるには十分すぎるほどだと分かってやっているのだ。熱いなぁお前の身体、とわざとらしく囁いてくる。このやろう、自信過剰なやつめ。でもそんな男に弄ばれているのは誰でもなく、私である訳で…


「デイダラ、嫌い…」
「オイラはまつこ好きだぜ、うん」


ほら、もう反則だ。

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