空へ飛んだ帽子。手を伸ばした瞬間、私の脳裏に冷たい存在と緑の髪の人が浮かんだ。
その手に愛を、頬に唇を
(そして囁くは貴方への愛しい想いだけ、)(07-side.White)
ふいに私の帽子が、まるで誰かにはがされるように外れて、風に飛んでいった。あ、と手を伸ばしたときブラックがそれを慌てて両手で掴み、胸をなでおろした。この帽子は父と母が私とブラックにとおそろいで買ってくれたもの。失くす訳にはいかない。有り難うとお礼を言いたかったけど、私の頭に浮かんだ映像が衝撃的で、手は振るえ唇はかすかに開いたまま、私は止まってしまった。
脳裏に浮かんだ映像。――灰の身体に、冷たい色を帯びた瞳のポケモンがじっと此方を見つめる様。そのポケモンを撫でるN。あの緑の、綺麗な長い髪の毛は―Nだ。彼しか、居ない。あんなに似た背中の人、世界中探したってあの特徴で他に要るわけが無い。え、何、今の。ぱちりと瞬きした瞬間見えたその映像はぶつんと途切れてしまう。「、トウコ」名を呼ばれてもそれはさっきつくった偽名だから馴染んでなくて、私はぼんやりする。肩を揺さぶられ、耳元でホワイト、と呟かれて私ははっとする。
「え、あ、…ごめんなさい。まだ朝早いから、眠かったみたいで」
「おやおや、そうなのかい。じゃあ眠気覚ましに話を聞いておくれ。バーさんの話じゃから、ちと長くなるがな」
「勿論です、おばあさま。構いません、その話聞きたいですし」
私はにっこり笑う。ブラックは少し私を見つめたけど、何事も無かったかのように視線を逸らしおばあさんの話を聞く。…ごめん、あとで、話す。なんだかわからないけど、…アレはもしかしたら、お母さんのいってた「運命のポケモン」なのかな。
「この町の裏にはものすごーくでっかい穴が開いとるんじゃ。
その穴はな、昔々空から大きないんせきが降って来て出来たそうじゃ。
そしてそのいんせきの中には、世にも恐ろしい化けもんが潜んでおったそうな……。
化けもんは晩になると冷たい風とともに人里に現れては人やポケモンを取って食らうと言われとった……じゃから、昔のもんは街を塀で囲って化けもんが入って来られんようにしたり、日が暮れたら表に出るのを禁じて家で過ごすことを町のおきてにしたそうじゃ。
…… …… …… …… ま、今じゃこんな話なぞだれも信じとらん。
じゃけどな……今でもカゴメに住んどるもんは、晩になったらちゃんと家に帰るから不思議じゃろ?
昔話や古い言い伝えちゅうもんは、今の生活に何かしらの影響を与えとるっちゅうことかのう」
おばあさんはそう話をすると「聞いてくれて有り難うな」とにっこり笑い、また朝から日光浴を浴び始める。私達は軽く頭を下げるとさっきの階段を下りてポケセンへ向かう。
「さっきの話、かな。昔おばあちゃまが話してくれたこと」
「だと、思う。そういえば、お父さんも言ってなかった…かな。ほら、「昔母さんから聞いた話があるぞ」って」
「…覚えてないなぁ。うーん、まあでも…化けもん、ね。…何か気になるなぁ」
ぽつりと呟けば私は脳裏にさっき見えた映像を思い浮かべる。―あれはなんだったんだろう。もしかして、暗い洞窟にいたように見えたあの灰色のポケモンと、Nは…その昔話のポケモン?…Nも、不思議な力を持っていることで、ゲーチスからバケモノと言われてしまった。畏怖される存在。Nが感知して、そのポケモンの元へいった可能性も少なくない。
「ブラック、今の話の…カゴメタウンの裏にある、大きな穴のあいた場所、行ってみない?」
「…さっき一瞬ぼんやりしたことと、関係、あるの?」
「…わかんない。…あの、ね。信じてもらえないかもしれないけど―」
その瞬間。ブラックの腰元のレシラムの入ったボールが激しく揺れて、私とブラックは慌てて町の外へでる。人気のない場所に移動してレシラムをブラックはボールから出した瞬間、顔を強張らせる。
「…ゼクロムが居る」
「え…?」
「Nが近くに居るんだ。レシラムが、反応してる。…?でも、まって。…何か別のものもいる、みたい」
「別のもの?…なんか、ブラック…Nに似てきた、ね」
「…え、…そう、かな」
ブラックはぽりぽり頬をかく。うん、似てきてる。ポケモンの言葉が、…ううん、多分パートナーのエンブオーやずっと一緒の子だけだとおもうけど、それでも、…ポケモンの言葉を理解してる。まるでNみたいに。昔からブラックはなんとなく、そういう感性は良かった。でも、此処最近それが強まってる。やっぱりNとブラックは不思議な巡り合わせが働いたのかな。
「…ホワイト、ホワイトのいった場所にいってみよう」
「あ、…うん」
レシラムをボールに戻して、レシラムが反応する場所へ向かうことにしたブラックの背中。私には何故だか、寂しげに見えたあの緑の髪の人の背中が、重なって見えた。
07 end // 10.10.04