彼の背中に手を伸ばせなかったのは、きっと恐れたから。
その手に愛を、頬に唇を
(そして囁くは貴方への愛しい想いだけ、)(04-side.Black)
ホワイトの言葉に俺は直ぐに言葉を返せなかった。拒否も受け入れも、直ぐには出来なかった。追いかけたかった、彼が行く場所に俺も一緒に、行きたかった。彼と一緒に――生きたかった。けれど俺には彼を止める術もないし、そもそも彼は俺も、ホワイトも、拒絶して消えたのだ。追いかけてもいいのか、探してもいいのか。俺が彼に手を伸ばしてもいいのか―迷った。風呂場へ消えたホワイトの残していった言葉が頭に響く。彼を探す。それは果たして本当のいいことなのか。…いや、善いも悪いも俺にはわからない。境界線というのは人によりけりで、この世の中には本当に正しいものというのが、分からないものだから。自分の気持ちに素直になれば、俺は迷わず彼を探す事だろう。でも。彼の思いを考えれば、それが本当のいいのか、どうしても―迷ってしまう。手を伸ばしたかった背中、一緒に行かせてと言いたかった。…拒絶された事実が重く圧し掛かって、俺はどうしても踏み出せない。俺が無理に手を伸ばしたら、彼はそれを嫌がるのでは―と。彼が求めてるのは、俺ではないかもしれない。本当の意味で、心を救ってくれる相手が俺じゃないかもしれない。…その事実を知るのが恐い。だから俺は、彼を引き止められなかった。
でも、…消えた彼がもう俺の前には居ない事を感じて、どうしようもない程俺はぐるぐるしてしまう。彼が居ない、Nは、もう…俺と対当することは、ない。それが酷く寂しくて、悲しくて。…気付けば俺は部屋へ戻り、ベッドの上にひっそり置かれた相棒のボールを、撫でていた。
「―カークス。俺、Nを探してもいいのかな」
Nと一緒に、居てもいいのかな。あの人の悲しい色を、受け止める相手になってもいいのかな。目を伏せてボールを指先でなぞれば、彼は鋭い視線を向けてくる。―したいようにすればいい、一緒に行くから。…聞えるはずもない、相棒の声。分かるわけもないのに、なぜか彼はそう言ってくれているような気がして。気付けば俺の目からはぽたりと涙が零れ落ち、ボールの上に涙が落ちてしまった。ごしごしと袖でそれを拭えば、俺は目を閉じて決意する。…会いたい、会って、彼に、言いたい。一人で消えないで―――と。
「…行く。探すよ、Nの、こと」
そっと笑いかければカークスは満足げに笑ってくれた。
翌朝。朝早くに俺はいそいそと着替え始めバッグに最低限の荷物を詰め、部屋にストックしておいたきずぐすりをいくつか持ち出し、頭にぽすりと旅で愛用してきた帽子を被る。エンブオーとなったカークス、俺をいつも運んでくれるケンホロウであるアイオロス、そして…ゼクロムと対たるレシラム―バルカン。
「バルカン、…君は、ゼクロムの気配を、追いかけられる、?」
ボールの中のレシラムに尋ねれば、目を細め彼は微妙なところだ、と頭を下に下げる。そうか、なら、…当て所も無く飛び回り、探していくだけ。腰にボールを引っ掛けてそっと部屋のドアを開け一階へ降りれば、早くも起きていた母がじっと此方を見つめていた。
「―これから、行くの?」
「…うん。…膳は急げ、だから」
「そう。気をつけてね。ああ、出来れば定期的に、連絡をくれるとお母さんとしては嬉しいわ。子供が二人もまた、すぐに旅立つんだから」
「二人、って」
「一人は女の子だから心配なんだけど、でも大丈夫ね、二人なら」
「え、や、だから、二人って」
「ブラック、一人で、行くなんて……ダメでしょ。しかもこんな朝早くから、」
「っ、え…あ、…ホワイト、」
さらさらとした長い髪。けれど服は、間違いなく旅のための―あの服だ。少し膨れているバッグに腰元にはしっかり、彼女の相棒たちのはいったボールがある。にっこり笑う彼女は、どこか吹っ切れてる。
「…ホワイト…俺、」
「分かってる。私が言ったからじゃない、自分で決めたんでしょ?」
「……うん、でも、…ホワイトの、お陰だよ」
「そんなことない。…私も、行きたい。Nにちゃんと謝って、そんで……」
「―分かってる、言わなくても、ホワイトのキモチは、分かってる」
俺たちは双子だろう?
彼女の白く細い手を握り締めれば、目を閉じる。―分かれて生まれてきた俺たち。一緒に生まれた、双子。何故だろう、特別な力なんてないけれど、彼女の気持ちは、分かる。彼女が俺の気持ちが分かるように、俺たちは―――たった二人きりの双子であり、何よりも絆の深い、兄弟だ。
「ごめんね、お母さん。私は、傷つけた人がいる。その人に謝りたい、謝って…あの人を連れ戻したい」
「…それが、正しい選択だとは限らないわよ?」
「知ってる。でも、この世の中に正しい選択なんてあるのかな、…俺は、俺の決めた道を、貫きたい意思のために、…行くんだ」
「―大きくなったわね、二人とも。ねえ、探す人って、だあれ?」
母が緩く首をかしげ、ふふっと笑う。…そう、だなぁ。
「「ポケモンを凄く愛していて、脆くて傷つきやすいけど、純粋で優しい人」」
「…そうなの。じゃあ、ホワイトとブラックに似てるわ」
笑う母は俺たち二人を抱きしめる。―ごめんね、母さん。俺たちは貴方を一人にする。父さんが貴方を、一人にしているように。
「いいのよ、お父さんも必死に頑張ってるんだし…貴方達も頑張るために行くんでしょう?ならちゃんと、頑張ってきなさい」
「うん、…お母さん、行ってきます」
「いってらっしゃい、ブラック、ホワイト。―あ、そうだホワイト。貴方、どんなボールでもいいから、…二つ、必ず持っていなさい」
「…?なんで…?」
「何でも。多分、そうね。この旅で貴方は一匹のポケモンと出会うわ。その子は貴方にとって大事な子になる。ブラックと“その人”が特別なポケモンと出会ったようにね」
「「!!」」
たまに不思議に思うことがある。母は――超能力者か、それとも霊能力者なんじゃないかと。…そういえば前にNが、俺とホワイトを足して2で割った人にあって、消えたとかいってたな。まさか、ね。…母親ってこんな不思議なものなんだろうか。それとも、俺たちが数奇な運命に出会ったように、母もまた、そんな人生を歩んでいる人なのだろうか。
玄関を開けて外に出れば、俺とホワイトは互いに手を取り合い、母に手を振り歩いていく。流石に此処じゃ、レシラム―バルカンに乗るわけには行かない。バルカンに乗る理由は、若しかしたらゼクロムを感じてくれるかもしれないから。バルカンがそうしてくれ、といったから言葉に甘える事にする。別にNみたいに声が聞えるわけじゃない。だけど、なんとなくそう言ってくれているような気がするから。一番道路を歩き人が居ない事を確認すれば、ボールからレシラムを出す。そして背中に乗り、ホワイトに落ちないよう腰に確りしがみ付くよう言えばホワイトが後ろに乗りしっかり俺の腰にしがみ付いているのを確認して、俺は指示する。
「―とりあえず、ソウリュウに行こう。あそこから、別の街にいけたはずだから」
「たしか、旅してたときは通行止めになってたのよね?」
「うん。…あ、バルカン、分かる?行き先」
尋ねればバルカンが軽く此方に首をかしげ、「大丈夫」というように目を細める。なら、安心。ばさりと大きな翼を広げた彼はゆっくり飛び立つ。空をゆっくり飛びながら、俺とホワイトは見えた朝日に目を細める。Nも何処かで見てるだろうか、きっと彼は今も飛んでいることだろうから―。
04 end // 10.10.03