Nがゼクロムに乗り、俺とホワイトの前から―――消えた。



その手に愛を、頬に唇を

(そして囁くは貴方への愛しい想いだけ、)(01-side.Black)



ホワイトはあの後散々泣き喚き、チェレンに肩を抱かれて城を後にした。俺はNが旅立った玉座のあった壊れた壁を見つめ、暫くぼんやりしていていて、ベルが息を切らして走ってきて、泣きそうな顔をしながら「ブラック、」と名を呼んでくれて、漸く意識を戻したほどだ。ベルが来たときはアデクさんが城を調べるために人を呼んでいて、俺はそれに気付かずじっとNの消えた方角を見つめていたらしい。ごめん、と謝ればベルはふるふる頭を横に振って、謝らなくていいと泣きそうな顔をしていたけれど、優しく笑ってくれた。下のチャンピオンルームで、ホワイトがずっとブラックのこと待ってるよ。ベルのその言葉に俺ははっとして慌てて部屋を出て、階段を駆け下りホワイトの元へ走る。泣いていたホワイト。謝って、謝って、Nに最後馬鹿と言っていたホワイト。直前までゲーチスに怒りをあらわにし、制裁を加えていた強かった彼女は消えていた。居たのは、Nへの謝罪を口にして、彼が消えていく事を悲しみ、それでも最後に言葉をかけた弱い女の子だった。張り詰めていたものが消えたのか、ホワイトは目元を涙で濡らしたままチェレンの膝の上に頭を乗せてすやすや眠っている。毛布がかけられていてホワイトの身体の下には、彼女の服が汚れないようチェレンが上着を脱いでシーツにしている。ごめん、と謝れば気にするなと柔らかく言われる。ホワイトの目元は赤くなっていて、俺がぼんやりしている間も泣いていた事を表している。彼女にとってNは、彼女が口にした通りずっと嫌い、いっそ憎んでいた存在だった。ホワイトもNも、語ってはくれなかったけれど、ホワイトは俺と別々に旅をしはじめた最初の頃に、プラズマ団の手を取りポケモンの惨状を見てしまったらしい。それ以来ずっと、彼女はいつのまにかNと知り合いだったのだけれど、見舞いに行ったときNに過剰反応し攻撃的になり、Nはホワイトの心が壊れる事を危惧し恐れ、常に二人はぴりぴりしていた。おまけに俺が同じようなことにならないかと二人して心配し反発し合うほどにまでなっていたらしく、俺はホワイトがNが消えるときだって、あんな風になるとは予想はしなかった。彼女はNに手を伸ばそうとする俺を嫌がったし、Nが俺の手を取ろうとするのも嫌がっていた。けれど、それは違ったのだと気付かされた。彼女は、俺たちを認めてくれていたのだ。だから、あんなふうに泣いて、行くなという意味で馬鹿だと彼に告げたのだろう。思ったよりホワイトはずっとずっと前にNを許して、認めていたのだ。



「カノコタウンに帰るよ」

「―そうか」



チェレンに告げれば俺は彼の手を借りてホワイトを抱きかかえると、彼女の腰元のボールからケンホロウを取り出す。移動としてのパートナーに選んだといっていたマメパトは、いつの間にかこんなに大きくなっていた。俺の持つケンホロウより少し大きく、立派な風貌をしている。お前の主人が寝てしまったから、一緒に運んで欲しい。撫でてやれば「わかった」というようにケンホロウは小さく鳴き、ホワイトをその背に抱え込んだ。ケンホロウに眠ったまま乗っかるホワイトが落ちないようにすれば俺も腰元からケンホロウ―アイオロスを出し、ホワイトのケンホロウを誘導しながらカノコタウンに飛んでくれと頼む。鳴いたアイオロスに乗っかれば、ベルが控えめに見上げてくる。



「…N、さん…行っちゃったから、ホワイト、悲しんだんだね」

「―…ん…そう、だね」

「…ブラックも、悲しいんだね。ずっと、泣きそうな顔、してるから」



背伸びをしてぺちりと頬を触るベルに、俺はそんなことはないとは言えなかった。ベルに呼ばれてから、俺は表情筋を動かしたつもりがない。安心させるために笑おうとも思わなかったし、表情を変えることすら忘れていた。ただ言葉を発して行動するのが優先だと、身体を動かしていたから。だから俺は、泣きそうな顔をしたままだというベルの言葉が真実であると分かったし、今更誤魔化せもしないことが分かったから、何も言わずにいればふと辺りを見渡す。



「捕らえたゲーチスと、七賢人たちは?」

「これから移動するんだ。確りとした処分のためにね。僕もそれに合流する」

「そう、じゃあ、またね」



最後にあの男の顔を見ようかと思ったが、止めた。見て何を言おうと、Nが戻ってくるわけでもない。それにあの男が反省しているとも思えないのだから。ホワイトも眠っているし早く家に連れて行くほうが先だ。ホワイトを乗せたケンホロウが近づき擦り寄ってきて、俺はケンホロウの頭を撫でてやればアイオロスに指示をする。ばさりと翼を広げたのを見れば、二人に緩く手を振り俺はすっかり日の暮れて闇夜が広がる空を見る。バッグに入れていたライトを取り出しかちりと電気をつければ、ケンホロウとアイオロスはカノコへ向かってまっすぐ飛んでいく。







暫くしてカノコタウンが見えてきて、俺は家の近くの空き地部分に下りるよう指示をすれば、母が家の前で待っていた。ボールにポケモンを戻して背中にホワイトを背負えば、母は穏やかな目をして帰ってきた息子と娘を見つめる。腰元のボールにもどったアイオロスにお疲れ様と言ってホワイトを背負い家の前へ歩いていけば、母はにっこりと、優しい見慣れた微笑を浮かべた。



「―お帰り、ブラック、ホワイト」

「…うん。ただい、ま」

「ホワイト、疲れて眠ってるのね。じゃあ部屋に連れて行きましょう、ああ連絡は貰っていたから、ご飯の支度もお風呂の用意も出来てるわ」

「そっか…じゃあ、お風呂から戻ってきてから、食事にする。ホワイトは多分明日まで起きないかも、」

「そう。…泣き疲れたのね、目元が赤いわ。貴方も、酷く悲しそうな顔してるわ…表情がないの、久々に見るわ。旅に出始める少し前から、わくわくしてて、ちょっと変わってたのに、また戻っちゃったのね」



母の言葉にそんなことはないと言いたくても、顔がどうしても笑いを作れなくて、俺は顔を背けるしかない。母は俺とホワイトの頭から帽子を外すとドアを開けて中に入れてくれた。ホワイトを部屋に連れて行ってベッドに横たわらせれば、母は着替えを用意しておくわと一度下に下りた。それを見計らったかのように、ぱちりと、ホワイトの目が開かれる。



「…起きた?」

「…うん、本当は、ブラックが背負ってお母さんのとこ連れてきてくれたときから起きてた。でも…なんか、また泣きそうで、…ごめん」

「謝ることはないよ。…少ししたら、起きてきなよ。俺風呂はいってくるから、母さんに顔あわせるべきだ。お互い風呂入って、身体あっためて、ご飯食べよう?母さんを心配させちゃ、いけないから」

「わかって、る…分かってるから、…少しだけ、一人でまだ居る」

「分かった。…じゃ、後でね」



ぱたんと扉を閉じようとしたとき、ホワイトの嗚咽がまた―聞えた。







01 end // 10.10.01



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