背筋が凍る。品定めするような視線。隣を見れば、ホワイトは息を呑み、じっと「彼」を見ていた。



その手に愛を、頬に唇を

(そして囁くは貴方への愛しい想いだけ、)(09-side.Black)



ジャイアントホールと呼ばれる巨大な穴の開いた洞窟へ入り、進んで行きぬけた先は森。その中を進んでいけば中央に泉があり―気づけばなぜか雪山のような場所にいて、がむしゃらに進んだ。白い吐息、震えるホワイトはバッグから長袖のパーカーを取り出しそれを着る。俺も首元が寒くないようきっちりチャックを上まで閉めてはあっと息を吐いた。いきなり景色が変わったのは驚いたけれど、ホワイトは大してびっくりしていないらしい。というか、どことなくぼんやりしたままだ。俺といえば内心動揺したし、腰元のレシラムに視線を向けるだけ。レシラムはボールの中で目を細め、ただじっとしている。



「あ、…洞窟の入り口」



見えた先には白い世界にぽっかりと開いた黒い穴ひとつ。進んで行き中へ入れば、凍て付いた寒さに全てが凍りそうだ。こんなところにNが居るんだろうか。不安がある中ふいにボールが大きく揺れる。レシラム―バルカンが必死に訴えている。「何か巨大なものがいる」と。なんとなくだけど、分かった。相棒のエンブオーであるカークスも大きくボールを揺らし知らせているから。



「ホワイト、ポケモンの体調は万全?」

「あ、うん。薬で治療してあるから、大丈夫。…もしかして、戦う羽目になりそう?」

「多分。何か、すごいポケモンが居るみたい」

「…そう」



ホワイトはかじかんだ手に吐息をかけると、ざくざくと進んでいく。俺もその後を追うように歩く。







しばらくすると大きな場所が見えてきた。階段を上った瞬間―ぞくりと鳥肌が立った。―灰色の大きな体。いびつな羽。此方を見る鋭い瞳。鳴くわけでもなく、ただじっと佇み目を細め此方を見るその姿。まるでレシラムとゼクロムに出会ったときのような、畏怖を感じる。これが、昔話に出てきたポケモンだろうか。人も、ポケモンも食らう―。



『 …お前たちが…ブラックとホワイトか 』

「――っ」

「…話が、できるの?」



ホワイトが息を呑み彼を見つめる中、俺はなるべく冷静に言葉を返す。ポケモンはさらに目を細めると、くっと笑った。



『話ができる、というより、お前たちが"私”の言葉を理解しているだけに過ぎない。私は、言葉など発しないのだから』

「え、…てことは、俺たちが、…Nみたいに言葉を理解してるってこと?」

『―…成る程。どうやら…あれは嘘ではなかったようだな』

「…え?あ、…の?」

『私の名は―――そうだな…そこの娘…お前なら、分かるだろう?』



ポケモンはホワイトに視線を向けると軽く頭を下に向ける。答えてみろ、それが品定めの「一つ目」のように。ホワイトはゆっくり近づくと、そのポケモンがさげた頭に手をやり、そっと撫でる。



「冷たい…体。…お前は…キュレムね…?」

『そうだ。私は、キュレム。体に氷を持つポケモン。永い間ずっと、私は私を愛してくれる主人を待っている』

「主人…?ずっと一人でいたの…?」

『そうだ。…嗚呼、いや、違うな。私の元には何度も不可思議な人間が訪れてきた。先ほども、お前たちと深い縁(えにし)をもつ奴が来た』

「俺たちと深い縁?…それって、まさか…」

『彼奴の名は、"N”。ハルモニアの血を持つ…哀れで優しい奴だ』



キュレムという名のポケモンはNが消えたと思われる方向に目を向けると、悲しげに目を伏せホワイトを見る。



『奴は言っていた、私が待ち望む主人が、ホワイト―お前だ、とな』

「わ、たし?…じゃあ貴方は、私の運命のポケモン?」

『それは、知らない。遠くに、幸福を齎す小さな命が見える。そいつがお前の運命のポケモンかもしれない。だが、お前が私の運命の主人かもしれない可能性もある。…お前は私を愛せるか?私にアイも、全ても、教えられるか?』

「……貴方がそれを望むなら、私が貴方に世界を見せてあげる」



ホワイトは軽く撫でると数歩さがり見上げる。ポケモンは頭を重く上げると、低く鳴いた。ならば試そう、お前のことを。ポケモンの意思が伝わり俺の顔は強張る。レシラムがいっていたのは、彼だ。強大な力を持つポケモン。俺は息を呑み見守る。ホワイトはボールを放り投げ、相棒たる水丸を取り出した。



「氷に水、効き目は今一だけど…貴方の気を逸らして行くには、十分だわ」

『…そうか。お前もまた変わった奴というわけか。焦るどころかそれを自分の戦略にするとは。なぜ私の元には面白い人間ばかり来るのだろうな。そこの男もまた、面白いものを持っている。それはこの地に伝わりしポケモンだな…伝説を手にするには重たい枷も受け入れるということだ、…そうか、お前が愛する男か。面白い、面白いな…人間は』

「Nが、何か言ってたの…?」

『言っていた。――あああやつは残念な奴だな、お前たちのような面白く不思議な人間を自ら手放すとは…後悔するくらいなら今すぐ取り戻せばいいものを』



キュレムはそういうと辺りに霧を発生させ、ぱきぱきと凍らせていく。ホワイトは舌打ちすると氷を足場にし走らせていく。キュレムの視線がそちらに動き、大きく口が開かれる。それを見計らいホワイトはボールを投げた。



「なぜ私とブラックは貴方の言葉が分かるの?Nの力とは違うんでしょう?」

『お前たちの祖先にある女が二人居る。そいつらの力のせいだ。あの女は私の元にお前たちを導くための存在。やはりお前は私の運命の主人かもしれないな』



ボールがはじかれからんと落ちる。ホワイトは目を細めると、跳躍したダイケンキ―水丸から一度視線をはずし、自ら走り出して水丸に攻撃させる。キュレムが技封じのそれを水丸に行い、水丸は攻撃がひとつ封じられる。どうした、お前はその程度か―そうキュレムがホワイトを見ようとしたとき、ホワイトはキュレムに新しいボールを投げていた。



「…私の…勝ち」



震えるボール。しかしかちりとボールの開閉ボタンが閉じる音がして、ホワイトは荒く息を吐き出すとにっこり笑った。







09 end // 10.10.07



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