幸せそうだね。そう彼は小さく笑うとするりと白い手を伸ばし頬に触れてきた。何が、と小さく口を開き尋ねれば、君のポケモンが―と頬から手がはずれ腰元のボールに触れた。一瞬旅に出るときからずっと一緒の相棒がぴくっと反応したけれど、敵意も何もなく、悲しみも感じられず、ただ微笑む彼に黙ってボールごと触れられている。どうしたのだろう、何時ものように自分の信念について話したり、或いは俺に“問いかける”こともしない。いつも感じていた悲しみも苦しみも纏わず、ただ微笑む彼はなんだか夢のようだ。これは幻なのか。否違う。頬を触れた彼の手は少し冷たいけれど、温かみは確かにあったしちゃんと存在してる。現に俺の相棒たる、元はポカブだった彼―カークスは、火の神の名の如く焔を纏い小さくここに存在し、触れられてる。それでも感じる、なんだか彼が幻の、霧のようなものだと。怖くて、ついボールに触れる彼の手を右手で掴んだ。
「え…ぬ…」
「…どうかした?」
「……、何でも、ない…」
彼は、自分と同じ目線で世界を見ていない。だからずっと、少し遠い存在に思えていた。けれど今はっきりした、彼はずっとずっと向こうの遠い存在だ、と。それでも、不規則に俺の前に現れる彼は確かに居るし、消えるなんて、考えられない。
「…また、どこか…行くの?」
「―君が行く先に、僕は居るよ」
君とは因果の関係だからね。そう微笑み再び頬に触れられ、そこからするりと唇を撫でられる。ああ白い指先が淡い赤の上を滑り、そして離れていく。
「…柔らかい。もう誰かに、それを食べさせた?」
「…たべ…?…唇を食べるなんていう、カニバリズムの人間は…側には、いなかった」
「…そう。じゃあ、君の最初のそれになろうか」
寄せられた顔。唇に触れる、冷たいけれどちゃんと感じる、彼の―薄い桃の唇。合わさったそれは一瞬で、最後ぺろりと舌で舐められる。また会おう。そういって背を向けていくNという存在は、また少し遠くに感じられた。
確かなのに遠い、
(…触れたのは少ないけれど、彼を感じれたはずなのに。なんでこんなにもどかしい?)
10.09.23