Rise Above the Trivia of Life





friend、と一括りにして呼んでしまうのは些か変かもしれないな、と、最近になってジョンは思い出していた。もちろん、誰との関係かなんて周知の事実で、彼が思いを巡らしている相手は彼のフラットメイトで人並みはずれた頭脳を持つ、シャーロックという男だった。
ジョン・ワトソン医師とロンドンが誇る顧問探偵シャーロック・ホームズの仲は、今やヤード内だけに留まらず広く世間に騒がれている。プラトニックから酷い邪推まで人の解釈は多種多様だが、度重なる誤解に疲れきって、ジョンはもうどうにでもなれ、と少し前から“そういった”関係を否定することを諦めていた。
先ほども、「仲良しなのね」と意味ありげにウィンクを残したハドソン夫人の背中をぼんやり見ながら、ジョンは「だからそんなんじゃないよ」と言葉ばかり口内でもごもごと言い訳して、やれやれとため息をついた。
シャーロックと出会って一年と少し。彼とセクシャルな関係、いわゆる同性愛者であると誤解されることに、ジョンは前ほど嫌悪感を抱かなくなっていた。人の順応性とは恐ろしいもので、ジョンは今も昔ももちろんそんな性癖があるわけではないのに、今では「ああ、またか」くらいにしか感じないのだ。これでは世にどう噂されようが文句は言えないな、と、ジョンは小さく苦笑した。

ジョンにとってシャーロックは確かに友達で、おそらくそれは親友と呼んでも構わない程度には深く強いつながりだとは自負している。けれど、最近はただそれだけでは無い気がして、それがジョンを悩ませるひとつの原因だった。親友、という言葉の重みでは、とても自分たちの関係を表せているように思えなくて、ジョンはいつも首を捻るのだ。
他人にシャーロックを紹介する時、ジョンは自分との関係を「フラットメイト」で「相棒」だと表現する。もしくは「友達」だと話すのだが、そのどれも的を射ているように見えて実は完璧には形容しきれていないようなのだ。もちろんそのカテゴリーが「恋人」である訳でもないのだが、かと言って他に思い当たるワードも思いつかない。

「ジョン、どうかしたのか」
「ん?あぁ、いや。別に」

ぐるぐると巡らしていた思考を一旦止めて、ジョンはシャーロックにマグカップを差し出す。手元のパソコンをいじりながら受け取ったシャーロックがちびりと一口口に含んだのを見届けて、ジョンもソファに腰掛けた。ブラックに砂糖二個。彼の食の趣向はだいたい把握している。
自分用にいれたブラックを一気に半分ほど飲み干すと、舌の上にじんわりと苦みが広がった。穏やかな時間。穏やかな毎日。ジョンにっては嬉しいことだが、カウチに膝を立てたいつもの姿勢でパソコン画面とにらめっこを続けるシャーロックは、きっとそろそろ「退屈だ!」と騒ぎ出すのだろう。それはとても厄介だった。近所迷惑だし、何より癇癪を起こしたシャーロックは怒ったガールフレンドよりたちが悪い。その前にレストレードが駆け込んでくれば話は別だが。

「ジョン」
「うん?」
「あー、僕の顔に何かついているのか?君はさっきからその、やたらと熱い視線をくれているけど」

困ったような怪訝なブルーグレイの瞳に、ジョンは言わんとしていることを理解して「まさか」と笑った。「何もないよ」と付け足すと、シャーロックは未だ納得のいかない顔を再び画面に戻した。

その白い肌に、ふと触れてみたくなって、ジョンは手元のカップに目を落とした。真っ黒の液体に映る自分の顔は、なんだかすこし揺らいで見えた。シャーロックにそんな感情を持ったのは初めてではない。髪をくしゃくしゃとかき混ぜたくなったり、抱きしめたくなったり。ふとした瞬間に、ジョンは何か分からない衝動にかられるのだ。それは恋人や友人に向けるような感情ではなくて、どちらかというと家族に向けるものに似ていた。母が子供に抱く、慈しみの心に近いのかもしれない。けれどきっと、それよりもずっと確立された、精錬で清逸な感情だった。外に出ればフリークスと罵られ、自らもソシオパスと自称する哀しい彼を、ジョンは確かに愛していた。

世間から見れば、それはやはりセクシャルな関係に見えるのかもしれない。ジョンがシャーロックに愛しているなどと言えば、新聞記者や雑誌編集者は大喜びでベイカー街へ殺到するだろう。
けれど実際、そんな世俗とはかけ離れた場所に二人は居るのだ。言うならばこのフラットは他とは隔離された自分たちのパレスなのかもしれない。シャーロックという個人とのつながりは、彼の存在が一般とは違うのと同じように普通とはかけ離れているのだ。

ああそうか、とジョンは一人納得する。
シャーロックは、「親友」で「フラットメイト」で「相棒」で、そして、「大切な人」。大切で大事で、愛しい人。ジョンは確かに、シャーロックに対して友達以上の清逸な感情を抱いている。だから、ジョンはシャーロックが危険に陥れば躊躇いなく引き金を引くし、彼を助けるためならば喜んで命を差し出すのだ。どこか含みのある邪推を招く言い方だが、ジョンには一番しっくりくるように感じた。

パチパチとシャーロックがキーボードを叩く音がフラットに響く。彼の嫌う平和な空気に、思わずまた小さく笑い声を漏らすと、まるで待ちかまえていたかのようにシャーロックの頭がこちらを向いた。

「ジョン、やはり君はどこか変だ」
「そうかな?どうもしないよ」
「嘘だな。君はどうもしないのに突然に笑い出したり意味なく僕を見つめたりしない」
「じゃあ、推理してみろよ。暇潰しにならないか?」

笑顔のままほら、と両手を広げてみせると、シャーロックはフン、と鼻を鳴らしてパソコンを閉じると、ごろりとそのままジョンに背を向けてしまった。まるでふてくされて拗ねた子供のような態度に、ジョンは今度は腹を抱えて笑い出した。それを遮るようにシャーロックが「BORED!」と叫ぶ。身長180pを超える大の大人がユニオンジャックのクッションを抱き込んで駄々をこねる様は、誰が見たって吹き出してしまいそうに滑稽だった。

シャーロックにも、自分との関係について聞いてみようか。そう考えて、ジョンはすぐにその考えを打ち消した。そんなのそれこそ滑稽すぎる。なによりどう答えるかなんて簡単に想像できてしまう。ああジョン。だから君はあんなにも僕を見つめていたのかい?じつにすばらしいね。君の脳はそんなくだらないことに時間を費やせるなんて本当に羨ましいよ僕には到底真似できない……。


でも、きっとシャーロックも同じように感じているだろう。ジョンは妙な自信と共に残りのコーヒーを飲み干した。カウチに伏せて動かなかったシャーロックが、ちらりとこちらを見た気がした。




pixivから。
ほんとにSHERLOCKは…(テイルズどうなった)






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