St.Elmo's Fire



「お前、海は好きか?」

そう聞かれて、少年は一瞬言葉を失い、黙って自分よりも幾分か年上の、それでもまだ幼さの残る瞳を見上げた。かいま見得る表情が年相応でなく、青白く冷たい色を放っているのは、防寒帽の影が顔の半分を覆っている所為だけではないだろう。
「…トラファルガー・ロー」
少年は答える代わりに、かすれた声で子供の名を呼んだ。
「へえ、知ってんのか」
「あんたは、有名だから」
ニヤリと笑うローを見つめて、少年は興味なさげに視線を水平線に戻した。弧を描く岸に沿って、ぽつりと軍船が浮かんでいる。
トラファルガー・ローは、この小さな町では知らない者がいないほど有名な人物だ。それも、まだ年端もいかない子供には相応しくない、物騒な話題にその名はのぼる。
死体を掘り起こしてズタズタに切り裂いていたという者もあれば、実は生きたまま内臓を抉りだしたのだと言い出す者や、真夜中、体を血だらけにして不気味に笑っているのを見たと叫ぶ者まで現れて、町の者は老若男女問わず彼を恐れ、異端視していた。
 もちろん噂には尾鰭がつくものだが、火のないところに煙は立たない。それ相応の行動はあるのだろう。しかし、いずれにせよ直接的な被害がないのなら少年にはどうでも良いことだった。
「なぁ」
「……」
「海は好きか?」
また、同じ質問。少年はまた答えなかった。……否、答えられなかった、というべきか。
 好きか、そうでないか。ただそれだけのシンプルな二択。けれど、ローが問うたのはもっと違うことのような気がした。そして、少年にはそれが何であるか理解できなかった。
 「…あんたは」
「ん?」
「あんたはどうなんだ、トラファルガー・ロー」
 海が好きなのか。
同じ台詞を言ったはずなのに、自分と彼ではどうしてこうも重みが違うのか。最近めっきり音を出すことの無くなった自分の喉は、たったそれだけの言葉を発しただけで小さく悲鳴を上げていた。
「嫌いだよ」
「……え」
「俺は海を憎むのと同時に、海を愛してる」
「そんなの、」
「矛盾してる?そうだろうな。でも、これが俺の本心だ」
楽しそうに言うロー。少年の喉が、少年の意志とはかけ離れたところでごくりと鳴った。
「海は自由だ。何者にも縛られず、誰にも屈せず、誰にも従わない。自然を支配したと思い上がる馬鹿な野郎共も、広大な海に放り出されればただのクズだ」
そうだろう?と唇の端をつり上げるローに、少年は頷くこともできなかった。淡々とした口調とは裏腹に、その隈の落ちた三白眼は鋭く海を見据えていた。
「海は雄大で、自由だ。だからこそ美しい。…美しすぎて、虫ずが走る」
少年は視線を大海原に移した。波音なく静かに佇むこの北の海は、時として人に、他の生物に、牙をむく。少年は突然、目の前に大きな黒い波が多い被さってくる幻覚に襲われた。
「俺はいつか海にでる」
「…海賊になるのか」
「そうだ。そして俺は必ず、ワンピースを見つけ出す」
力強い、言葉だった。彼ならやり遂げると、直感した。
ワンピースという夢物語が、彼が口にすることで現実味を増した気がした。
「お前もくるか?一緒に」
ローが少年に向き直った。青みがかった黒い瞳に吸い込まれそうになりながら、少年はしかし静かに首を振った。
「俺はあれに乗る」
「…海軍、か」
「父さんの夢だった」
少年の指の先にある船の、その帆に描かれたマークを一瞥して、ローは眉をしかめた。
「次会うときは敵同士かな」
 「そうかもな」
苦々しげに言うローの露骨な態度に、少年は初めて笑みを浮かべて、「ごめん」と呟いた。
 ずっと前から決めていたことだった。死んだ父の夢だったのだと母に聞かされたあの日から、揺らぐことの無かった思い。それを手放す気はなかった。それでも、ローの誘いは魅力的だった。
「俺、もう行くよ」
本当は軍船が出航するまでまだだいぶ時間があったが、少年はさっと腰を上げた。それは、ローが放つ言葉の、言いようの無い束縛力から、逃げようとしていたのかもしれない。それは少年にとってとても心地よいものだった。
ローは、何も言わずただ少年を見つめただけだった。

彼は海賊。自分は海軍。
対立はしても、けっして交わることはない、二つの勢力。
一歩一歩、広がっていく距離は、未来の自分たちの立場の違いを浮き彫りにしていくようだった。

「マーレ」

 叫ばれた言葉に、少年の足が、止まる。

「俺は、一度決めたことを覆す気はない。キャプテンの命令は絶対だ」

 振り返ると、すでにローは少年に背を向け歩き出していた。
キャプテンの命令は絶対――もう海賊になったつもりか、と少年は呆れたように笑おうとして、軽く咳き込んだ。喉の筋肉が弱々しく上下する。

 この時、マーレと呼ばれた少年はまだ知らなかった。
 自分を待つ海軍の正体を。
 ローの言葉の真意を。
 そして何より、トラファルガー・ローという人物を。
 なぜローは初対面であるはずの少年の名を知っていたのか。マーレという名の持つ意味を、彼は知っていたのか。
 小さな漁港に、答える者はもういない。
ローの背はもう見えなくなっていた。


捏造ハート!じつはこっそりだいにだん^^
我らがトラファルガー・ロー船長とあるクルーの過去妄想でした!
私的意見では彼は五年くらい海軍に入っててほしいなあ…!!あとあの名前(と帽子)は海軍を辞めるときにローから貰ったんだといい!な…!!!そのへんの妄想も止まらない!
さあ誰のことかわかった人は!わたしと!友達になろう!!


St. Elmo's fire:和名セントエルモの火。
雷雨や嵐の夜、船のマストや避雷針など地表からの突起物に見られる持続的な弱い放電現象(コロナ放電源)のことで、かつて地中海の船人たちがセント・エルモ(St.ELMO)の加護のしるしであると考えたことからこの名が付けられた。通常、青もしくは緑色をしており、ときに白や紫のこともある。
別名コルポサントcorposant。
セントエルモはセントエラスムスのなまりなんだとか。





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