じ込める




暇つぶしに立ち寄った市場で見つけた、不思議な機械。見たものをそのまま紙に写せるのだ、と得意気に話す中年の男に軽く相づちを打って、ルーティはその黒塗りの機械を手に取った。
その時その一瞬のかけがえのない大切な思い出を形に残せるという、大層な謳い文句とは裏腹に、機械はとてもちっぽけで、精巧さの影に隠れた脆さに、ルーティは興味を持った。
―――それは、好奇心と、少しの遊び心。
無駄遣いしない、と普段それこそ鬼のように倹約に励む彼女は、その日初めて衝動買いをした。


「――で、これは何だ」

言葉とともにリオンの眉がぴくりと動く。腕組をしたその背後からは微かに殺気が滲み出ているのに気付いていないのか、場違いに明るい声が問いに答えた。

「だからその占い師がさ!持ってると運気が上がってグレバムだってちょちょいのちょいだ、って!」
「…………」
「いやーすごかったなーあの占い師!俺が今日寝坊したこともあてたんだ」

「……ディムロス、子守りを怠るなとあれほど…」
『…返す言葉もない…』

宿に帰ったルーティの目に最初に飛び込んできたのは、机に鎮座しているばかにでかくて気味の悪い壷。と、その横でうんうんと何やら納得しているスタンの姿。現状説明など不要な状態だった。
話にならない、と頭を抱えたリオンを目の端にいれて、ルーティも小さくため息を吐いた。いったいあの壷をいくらで買わされたのか。

「え?何だよ二人とも!何で喜ばないんだ?」
「喜ぶかこの大馬鹿者が!」
『我の言うことに耳をかさんからこうなるのだ!』
「な、なんだよ、リオンまで俺が騙されてるっていうのか?」
「当たり前だ!貴様というやつは…!」
「リ、リオンさん落ち着いて…」
「はいはい、そこまで。あんた達他の客に迷惑だからちょっと黙んなさい」

今にも抜刀しそうなリオンの様子に、げんなりと仲裁に入る。あたふたしているフィリアの肩をそっと押さえてやると、ほっとしたように笑顔を見せた。

「ルーティ!聞いてくれよリオンが」
「このスカタン!騙されたに決まってんでしょ。むしろ何でこんな古典的な詐欺に引っ掛かってんのよ」
「なっ……!」

びしゃりと言い放つと、スタンの顔がみるみる青くなっていった。ぎ、ぎ、ぎ、と音が聞こえそうなほどぎこちなく壺を見やって、スタンは小さくつぶやいた。

「10万ガルドもしたのに」と。

その一言に、今度は、ルーティの顔色が変わった。やばい、と口を接ぐんだ頃にはもう遅かった。シン、と静まり返った部屋に、スタンの声はしっかり響いていた。

「あの……ルーティ、さん?」
「…良い度胸じゃない、スタン。あたしに黙ってそんな大金使うなんて」
「ま、ちょ、ごめんってルーティ!グーは駄目って、グーは!」
「黙んなさい、田舎者」

絶対零度の低い声に、ひ、とスタンが悲鳴を上げる。にっこり笑ったルーティの、目だけは少しも笑っていなかった。


「…他の客に迷惑なんじゃなかったのか」


まるで断末魔のような叫び声を上げるスタンと、彼を追い掛けるルーティの鬼の形相を見て、リオンが声を絞りだした。

『坊っちゃん、あんまり怒らないで下さい。ほら、眉間に皺入っちゃいますよ?』
「うるさいっ」

ほらほら、と困ったような声を上げるシャルティエを一喝して、リオンははああっと一つ大きなため息を吐いた。



「待ちなさい!返せあたしの10万ガルド!」
「って、あれは別にルーティのじゃな…っ痛!ごめ!ごめんなさい!!」


10万ガルド!と吠えるルーティの腰で、カチャリと小さく金属音。忘れ去られたちいさな機械は、壊れないようしっかりと巾着に包まれて、赤いベルトにぶら下がっていた。


結局、ルーティは最後まで、不思議な機械のことを誰にも話さなかった。
10万の壷を売り付けた詐欺師を捕まえて、こっぴどくスタンを叱り付けた後、忘れてしまっていたのか、それともはじめから内緒にするつもりだったのか。
ただ、その機械が、実は壷なんかよりずっとずっと高価だったことだけは、絶対に秘密だった。



思い出を、レンズの中に




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