絶望の



 彼が死んだ。
 死んだと、そう聞いた。

 いや、もともとその存在は消滅していたに等しいのだから、死んだと表するのは些かおかしいかもしれない。
 肩口で切り揃えた金髪を揺らして、無邪気に笑う彼が、世から姿を消したのはいつのことだったか。

 一国をその小さな背中に背負った、まだ見るからに幼すぎる彼の目が、男は好きだった。男だけではない。その地に住む人々は皆、彼のことが好きだった。彼は民を愛し、また民は彼を愛した。彼が喜べば皆が笑い、彼が悲しみに暮れる時は皆が共に涙した。

 それは、彼が消え、憎むべきかつての敵がこの地を支配している今も、すこしも変わらない。


 風の噂で聞いた、ある国での革命。それが彼の民を喚起したことは、遠い土地にいる男の耳にも届いていた。


 ―――しかし。
それはまた、失敗に終わった。


 男は静かに深呼吸した。気付けばなぜか傍にいて、男の弾くピアノが好きだと言った、彼。
 そうか。彼が。

「死んだ、のか」

 擦れた声は震えていた。
 ぎゅっと握った手のひらは血の気を無くし、噛み締めた唇からはじわりと鉄の味がした。
 かすかに灯った命の火は、儚くも脆く消え去り、再び暗黒の闇が訪れた。彼の元へとのばされた道は断ち切られ、深く閉ざされた。
 言い知れぬ激昂が脳を貫き、男の神経を揺さぶる。小刻みに震える腕を押さえ込んでも、目に入るもの全てを滅茶苦茶にしてしまいたいような、物騒な物思は止まらない。
 悲しいのか。それとも、悔しいのか。男は今の自分の感情を言い表す言葉を知らなかった。気を緩めれば発狂してしまいそうな、それでいて頭の奥深くは驚くほど冷静なのだから、どうしようもない。
 アンバランスな思考回路が行き着いた先は、古めかしい鍵盤楽器だった。黒塗りの蓋をゆっくりとあければ、目に飛び込んでくる、純白。
 全てを呑み込む黒とそれのコントラストは妙に鮮明で、男は思わず目を閉じて。
 ――瞼の裏にちらついた金色に、思わず目を瞬いた。


 目を開けた先の視界には、何の変哲もない見慣れたグランドピアノが無機質な目をこちらに向けているだけだった。勿論そこに、彼はいない。

 指が一瞬、白鍵の上を滑った。ポン、と小さな音が鳴る。まるで幼児の戯れのように二三度それを繰り返すと、男はおもむろに両腕を鍵盤に乗せた。



 ―――弾いてほしい、と。
 


 瞼の奥で、彼がそう言って笑った気がした。






こうして出来たのが、「革命のエチュード」(←だいぶ捏造)

世界史で出たんですよ。
もう、ほんとポーランド好き!

これだけじゃ分かりにくいと思うので、補足しときます。暇がある人はご自由にどうぞ^^
いつかヨーロッパの歴史的事件(好きな国に限る)を自分なりにまとめてみたいなあ…






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