プラネタリウム



ぱしゃん。

虚ろな空間に、小さな水音が一度だけ響き渡った。

ぱしゃん、ぱしゃん。

少し間を開け、もう一度、二度。その音は断続的ながら、確かな意志を持って闇の中から聞こえてきた。



ぱしゃん。


一際大きな飛沫をあげて暗やみから男が姿を現す。男が歩みを止めると、水音は消え、あたりは静寂に包まれた。


何もない、真っ黒の世界にたった一人。男は口を開くことなくただそこにあった。

漆黒の髪。同色の衣服。背後の闇に溶け込むそのなかで、青白い肌だけがぼんやりと浮かんでいる。
それはどこか幻想的で、今にも無散してしまいそうな儚い印象を醸し出していた。


男は生気の抜けた顔を上げ、ゆっくりと周りを見渡した。
方向感覚も遠近感覚も、この世界では役に立たない。あるのは永遠に続く、暗い闇。

「裏切り者には、似合いの末路だな…」

無意識のように零れ出た声は低くしゃがれていて、彼がもう随分と長い間音を発していなかったことが示された。



どこまでいっても、終わらない闇。ここに光が射すことはない。
叫んでも、願っても、誰も応えない、孤独な世界。

そこには命あるものは元来存在せず、始まりも終わりも存在しない。
あるのは、時折姿を現す記憶の欠片。どこにもいけず、死ぬことも出来なかった男の、唯一の生きた証。



人がもしこの世界を認知していたなら、こう呼んだかもしれない。

“時空の歪み――過去でも未来でもない、時の流れから切り離された異空間”と。



それは運命に逆らい二度生を受けた咎人に与えられた、永遠の独房だった。






プロローグのような



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