[100719]まるで喜劇な白昼夢 | ナノ


「僕ね、ビア姉の事がずっと好きだったんだ」
 それで?と聞くとそれだけだよと彼は柔らかな笑みをこぼした。さらりと流れた彼の髪は、綺麗な蜂蜜色をしている。

 私の前を通り過ぎてゆく男達は皆漆黒の髪をしていた。虫が光に吸い込まれるのと同じ様に、私は闇から闇へ転々と彷徨っていた。どんなに濃い黒で塗り潰していっても、各々の記憶が上書きされる事はなかった。
 初恋は一回り以上歳の離れたエリートヤブ医者だった。ちくちくとした頬擦りをされる度に、腹立たしくて情けなくて、胸がきゅうとなった。
 初めてできた恋人は小綺麗な伊達男だった。彼の甘ったるさは癖になりそうな位心地良かった。でも彼は私を愛してはいなかったし私も彼を愛してはいなかった。
 一生付いていくと決めたのは、つぶらな瞳から鋭い眼光を放つ超一流のヒットマンだった。彼は私の人生で初めての愛すべき人──但し、肉親以外で──となり、私は彼の四番目の愛人となった。
 のらりくらりと言い寄ってきた元野球少年は、顎に刀傷なんかをこしらえるような青年になっていた。
『好きだと思っていたんだよなぁ。あの頃は、本当に』
彼がそうやって私に決別の言葉を告げたのはつい先日の事だ。彼が発した能天気で無神経な言葉は今も内耳のうずまき管をくるくる回っている。フゥ太の告白は彼のそれとよく似ていた。

 山本武へ言い放ったのと同じ台詞を私は彼に告げた。
「私はあの人のものよ。今もこれからも、ずっと」
「知ってる。ビア姉はリボーンの四番目の愛人だものね」
 日の光を浴びてフゥ太の髪がキラキラと光っている。昼下がりの午後。降り注ぐ陽射しはまだ暑い。

 初恋の人が今どこにいるかなんて知らない。初めてできた恋人はとうの昔に死んだ。私が愛したあの人はいなくなった。私に恋したあの男は消えた。
 ごきげんよう、また逢える日まで。私は小さな声でつぶやく。さらりと流れた彼の髪は綺麗な蜂蜜色をしていた。




まるで喜劇な白昼夢
100719/架折...pour 朦朧
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