[090210]ハルソラハルカ | ナノ
※獄寺隼人一人称

本日快晴。

気温が低いから暑苦しくはない。ぼんやり突っ立っていると今にも吸いこまれそうなくらいに、空一面の深い水色。他に目に映るものと云えば、ひとすじの飛行機雲にスッピンみたいな白い月、あとは拡散したタバコの煙。
こんな日に授業をサボって誰もいない屋上で一服するのは、ちょっとした息抜きで密やかな楽しみでもあった。この町ではそこそこ高い建物の一番高い場所で、様々などうでもいい事に思いを馳せる。

組織にとっての『晴』は芝生頭なわけだが、晴天の青空を見てふと思い浮かんだのはあいつだった。なんであんなカラッカラした、のー天気なヤツが雨属性なんだろな。あいつにはたぶん、青空の方があってる。・・・と思ったけどいや待て、違うだろーが。空といえば当然あのお方だろ?偉大なる10代目ただお一人!
視界の端にチラつくタバコの煙があんまりにもうるさく感じて、思わず点けたばかりの火をねじふせた。

あ。
くっそ、もったいねえ!





本日霧雨。

生温い大気のなか、わずかにひんやりとした湿気が漂っている。寒くはない。
霧なのか雨なのかわからないくらいに細かい水蒸気がさらさらとまとわりつく。
どことなく掴みようがない、この感じはまるであいつそのものだ。
以前なら火薬の大敵であるこんな気候には大層イラついたもんだが、最近はそうでもない。





本日曇りのち雨。

分厚い雲におおわれた空。風はなく、雲の動きは鈍い。辺りはうっすらと暗く、すこし肌寒い。商店街にはいつもの活気はなく、やけに閑散としていた。確か今日は定休日じゃあないはずだし(俺は割とこの商店街の売上に貢献している)もしかしたらこの不安定な天候のせいで人が少ないかもしれない、などと考えながら歩いていたら、ぽつ、ぽつ、と鼻に頬に、冷たいしずくが当たった。雨か?やっべ。傘、持ってねえ。
足元の鼠色は徐々に、水気を含んだ一段濃い色に染まっていく。あっという間に辺りは叩きつけられた大粒の雨で埋めつくされ、それはまるで、ぞわぞわとうごめくドブ鼠の群れのようだった。当然、俺もあっという間に濡れ鼠だ。スニーカーにはじわじわと水がしみこんできて気持ち悪ぃ。
けど。
このまま雨雲が溶けてなくなるくらいに、空が晴れ渡るまで、この雨が降り続ければいいのに。そう、思った。

この雲の向こうには、いつか見たあの青空があるのだから。
この空が晴れ渡ったとして、この手が青い彼方へ届くわけじゃない。けど、それでも構わない。ただどうしても見たくなっただけ。

ふいに。
激しい雨音が一瞬遠のき、今までより一層けたたましく、よりクリアに、雨粒は俺の頭上で鳴り響いた。天を仰いでみるとビニール越しの雨空が一枚。頼りない、透明な膜によって、鼠色の水世界と俺とが隔てられている。その境目からは、絶え間なく雨が滴り落ちていた。

「獄寺、すっげー濡れてんぞ」

傘持ってねえんだから当たり前だろ。でもテメーは持ってんだろ。ビニール傘を握っている右腕以外の頭の先から爪先まで、みすみすこんなどしゃ降りの中にさらしておきながら何言ってんだこいつは。
山本の白いシャツがみるみる内に薄い鼠色に変わっていく。
バカだろ、おまえ。そう言いかけたけど、うまく言葉が出なかった。耳の奥で、頭の後ろらへんで、雨音に重なりながら鳴り響いてく鼓動。

このまま何もかもすべて、雨音にかき消されてしまえばいい。
俺もお前も止まない動悸も全部すべて。





晴空も雨空も全部が君色。
それはまるで、恋。



な、わけがない。
晴空も雨空も曇り空も全てはあのお方だけ。10代目だけが俺の全て。あのお方に全てを捧げると、あの時そう決めたから。

手を伸ばせば届くかもしれない、青い空。でもこの手に掴む事は叶わない。ありえない。
そう、ありえないのだ。
あの方以外の誰かが入り込む事など許さない。右腕のプライドにかけて。あの方以外の誰かに心が傾く位なら恋なんかしない。心が割れるくらいじゃなけりゃ、恋だとは認めない。


これは

恋なんかじゃ

ない。




絶え間なく変わる空模様の向こう側、いつも在るのは、いつまで経っても変わらないあの青い空。あの深い水色は存在しなくて、この手に掴む事などできはしないのだと、本当はわかってる。
それでも、手を伸ばせば届くような気がどうしてもして仕方ない。

ああ、あの
青い空。


ハルソラハルカ
090210
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