[0902xx]リアル | ナノ


リアル【Real】




「      ・・・!」

「はい?何か用ですか、センパイ」
間抜けな面のどデカいカエル(をかぶったガキ)が、手元の書物に視線を向けたまま問うてきた。
「・・・オマエ、ひとの部屋で何してんだよ」
「見て分かりませんか?調べものですー」
そういう事聞いてんじゃねーよ。何でここにいるのか聞いてんだ。
「センパイこそ何でこんな所にいるんですか。ちゃんと自分の部屋で寝てくださーい」

俺が眠りこけててカエルが調べものをしていたという此処は、俺の部屋でも書庫でもない。けど、俺が好んでよくタムロってる、王子御用達の場所なのだ。
通称・巨人の間──この部屋の家財の多くは3/4スケールで造られていて、まるで巨人になったような錯覚に陥るから俺が勝手にそう呼んでた。そういう嫌味言うんなら出ていって、っていつも怒られてたけど、ホントに追い払われた事は一度だってなかった。

「オマエが出てけよ。王子に指図すんな」
「言われなくても用が済んだら出ていきますー」
手元に視線を落としたままカエルが答える。
俺はごろんと寝返りをうって、ベッドからはみ出た腕を床に放り投げた。
「さっき…目、覚ます直前に」
「はい」
「俺何つってた?」
「ああ。何か叫んでましたねー」
カエルは一瞬考えるフリをし、ページをぺらりとまくった。
「マーモンて人の夢でもみてたんでしょ。『マーモン』って言ってましたからー」
「は?マーモン?誰それ」

ちらりとこちらを見て何かを言いかけたカエル小僧は、結局何も言わず、気だるそうに手元へと視線を戻した。こいつの頭の上にある間抜けなカエルの視線は、相変わらず明後日の方向を向いたままだ。
カエルカエル、間抜けなカエル。
このクソ生意気なコーハイは何でこんなもん被ってんだっけか?

まーもん、口の中で小さく反芻する。誰だっけ?マジでわかんね。



いや、
まさか。
わからないわけは、ない。

ヒヤリと冷たい汗が背中を伝った丁度その時、カエルが口を開いた。
「嘘ですよ。ホントは何て言ったかミーにもわからなかったんで、ちょっとカマかけてみたんですー」
「・・・てめ、いっぺん死ねよ」
「お断りですー。死ぬのにイチもニもありませんー」

知ってる。そんなのわかってる。
死んだらそれでおしまい。

ずっと、そう思ってた。



マーモンが死んだ。

その一言以外、ボスは何も言わなかった。だから誰も何も聞かなかった。いつの間にかマーモンの代わりにフランって奴が幹部に入ってて、徐々にマーモンは死んだ存在として扱われるようになった。
でも相変わらず(少なくとも俺にとって)現実味は全くないままだった。今もまだどっかで、セコいことやってんだろ?って全く根拠のない、けど確信みたいなもんがあったんだよなー。

実は、人間てのは二度死ぬらしいぜ。一度目は肉体の死で二度目は存在の死なんだってさ。
存在の死って、俺が生きてる限りはお前も俺ん中で生きてんだぜ、とかそーゆーコト?でも「死んだ人間」として認識されてる以上、それって結局死んでんのと同じじゃね?
死ぬのに一も二もねーんだよ。死んだらそれでおしまい。ずっとそう思ってた。

でも、あるいは。多分、もしかしたら。
必ずしもそうとは限らないのかもしれない。





この部屋の主がチビで今はここにいない、ってのはちゃんと認識してた。でもそいつがマーモンって名前の赤ん坊だってことは、思い出せなかった。まるで最初から存在しなかったかのように、俺の中から「マーモン」がいなくなってた。もしかして、これが存在の死ってやつなのかな。
思い出すヒマもない位、いつもいつもお前のこと考えてたんだ。そのつもりだったのに。
いつから?俺はいつから、お前のことを忘却の彼方へと葬り去っていたんだろ?
もう随分と前からな気もするし、さっきの一瞬だけな気もする。わからない。

背中を通り過ぎた汗に熱を奪われたのか、何だか妙にうすら寒くなってきた。
ちくしょう。


先に口を開いたのはカエルの方だった。
「センパイ」
「何だコーハイ」
「確認したいことがあるんですけどー」
「だから何だっつってんだろ」
「そろそろこのカエル、脱いで良いですかー?」
「良いわけねーだろ。代理は代理らしく、黙ってそいつを被ってろよ」

「代理って、誰の、」
「マーモンだろ」

先程の動揺をヨソに何食わぬ顔で俺は答える。
カエルは目を伏せたまま口元だけをほころばせた。
「ちょっとだけ、安心しましたー。キレてるだけでなくボケちゃった堕王子なんてどーしよーもないですしー」
ふざけんなこのクソガエル。狙うは後頭部。そこがダブルブルだ。
カエルの頭をダーツに見立ててナイフを投げようとした次の瞬間、

「それくらいに、マーモンて人がいなくなって応えてた、ってトコですかねー」

パタリと本を閉じて、カエルが呟いた。
ばかおまえ、どーしてくれんだよ!見てみろ。せっかくの特注ダーツの、不本意なまでの不時着っぷりを。

カエルはわずかに目を細めながら、背後の本棚へとアウトボードしたナイフを引っこ抜き、数歩移動して俺の頭側に立った。そして俺の頭の上に左手をかざし、その力をスッと緩めた。
「チェックメーイト」
カエルの手にはさっき俺が投げつけたナイフが今の今まで握られていて、次の瞬間、金属と金属が甲高い悲鳴を奏でて、崩れ落ちた。
「いつまで腑抜けてるんですかー?ちゃんと避けてくださーい」
何で王子が避けなきゃなんねーんだよ。頭の横にはまんまとカエルの思惑通りに働いたナイフとティアラが仲良く転がっている。おまえら王子の支配下にあるんじゃないのか。何カエルに操られてんだ!
ナイフもティアラもこころもからだもマーモンも。
俺のもんは何一つ、俺の思い通りにはならない。ふざけんな。おまえら一体どうゆうつもりなんだ。

俺の心中など全くお構いなしに、カエルは踵をめぐらせドアのある方へスタスタと歩いてく。
「どーもお邪魔しましたー。夢の続きをどうぞごゆっくり。では、ヨイ夢を」
皮肉とも受け取れる捨て台詞を吐き、パタンと控えめな音を残してカエルはさっさと立ち去ってしまった。

居残った俺は腑抜けのままで巨人の気分をぼんやりと味わいつつ、再びまどろみへと落ちてゆくのだった。




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