[100702]優しさごっこをしよう? | ナノ
※マーモン一人称

 晩年の彼女からは常に耳障りな音が聞こえていた。子宮がキリキリと悲鳴をあげて伸びている音が、視覚から侵入してくるのだ。月日と共にどんどん膨らんでゆく、オレンジ色のあのコの腹。
 当たり前の如く彼女は幸せそうだった。なのにそんな彼女を見つめる僕はいつだってもやもやとした霧の中を這いずり回っていた。

 そんな、昔話をしていたのだ。クロームと二人で。月経二日目の僕の子宮はしくしくと疼いていた。コンディションは最悪だったけど、機嫌が格別に悪かった訳でもない。
「…好きだったの?その人の事…」
「はあ?まさか」
「そう…。じゃあそれはね…多分……」
「多分、何?」
「羨ましかったんじゃないのかな…その人が。……今の私みたいに」
「羨ましいって、何…が…、…ッ」
 ぢくぢくしてきた下腹部辺りのマントをぎゅうと握りしめ、顔をしかめながら僕は暴走する己の臓器に呪いの言葉を吐く。
「こんなモノ…消えてなくなれば良いのに」
「…それなら、……だい?」
「…?」
「いらないんならソレ…私に頂戴?」
「そうしたら私は骸様の子を産めるから…だから、いらないんならマーモンの子宮、私に頂戴。貴女の子宮を使って私は骸様の子どもを産むの」

 ──おぞましい。気持ち悪い、あり得ない!
 悪気が無い言葉でもここまで来ると無意識の暴力だよ、と言い返す間もなく彼女はまたもや口を開いた。
「大好きな人との子供。私には…どちらも、叶わない事だから…」
 そういえば君は事故で子宮も失くしたんだったものね。無神経なのはお互い様だと少しだけ反省する。でも、君が大好きな(そして僕が大ッ嫌いな!)あの男なら何とでもなるんじゃないのか。だって、屍同様の君の躯を生き永らえさせているのだから。僕だったら生きるためにそんな労力使うなんて、考えられない。

「血の、匂いがね…するの。羨ましいな、そういうの…」
 彼女は初潮を迎える前に子宮を失った。つまりは永遠に少女のままなのだ。女になりたい君と、女を放棄したい僕と。相容れない存在同士なのに、こうして僕達は今ここに在る。

「あいつと君の子なら、」
すごい術士になるんじゃないのと言おうとしたけど、癪だから止めた。代わりにそっとクロームの頭を撫でて
「やっぱりこんな奇妙な髪型にするのかい?そういうのって子供が可哀相なんだよね」
と言うと彼女はムッとしたのか、今度は意図的に聴覚経由の暴力をふるった。
「…骸様とマーモンの子ならきっと…すごい術士になるよ…」
 その声は震えていて、怒っているかと思われた彼女の哀しそうな顔が視界に入り、僕は思わず喉まで出かかっていた苦い汁をぐっと堪えた。君は一体何なのさ。そんな表情するんならそういう事言わなければいいだろう。
 昔あの男に口から侵入された時の感覚がフラッシュバックして、ぞわぞわと身体中が内側からうごめいた。嫌悪感という言葉では言い表せきれない位の嫌悪感。気持ち悪い。あの男は本当に、気持ちが悪いのだ。僕はやっとの思いで彼女に意見した。
「…冗談じゃない。そんなの死んでもお断りだよ…!憎むべき対象を産み落とすなんて、」
 胃液の代わりに吐き捨てた台詞にしまった、と思った。何て無神経なんだろうね。僕達は、お互いに。

 光を感ずる事のできる左の瞳をしぱしぱと瞬かせ、彼女はポリポリとムギチョコを食べ始めた。
「麦チョコ…食べる?」
「…いらない。だってそれ、スカスカしてるだろ。僕はゴエンチョコのが好きなんだけど」
「五円チョコって…駄菓子屋にあるやつ…?一流のショコラティエのしか、食べなさそうなのに…」
「パティシエの労力に対してならいくらでも払うさ、敬意をね。でもそういうのに金を払うなんて、僕に限ってあり得ない。それに、同僚がショコラティエ並の作品を造ってくれるから」
 私も食べてみたいな…と呟いて、彼女はぱさりと睫毛を伏せた。
「もし、マーモンが男の子で私が凪だったらね…。とっても可愛い子が生まれていたのになって…思うの」
そんな彼女の言葉を受けて僕の口から漏れたのは何言ってるのという非難ではなく、そうだねと言う肯定の言葉だったのがいけなかった。
 そうだね。君と僕の子ならぷっくりとした唇の、それはそれは可愛らしい子だっただろうに。

 うつむいたクロームの頬を撫でると彼女はもたれ掛かる様に、小さな頭を僕の手に預けた。ねえ、クローム。本当はあげても良いんだよ。僕の身体のどこだろうと、君のためだけになら。
 親指でそっと柔らかな唇に触れると、漆黒の大きな瞳が僕を見つめた。彼女の唇はいつだってあたたかくて柔らかくて心地がよい。






優しさごっこ

しよう
100702/架折...pour Crema
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