※遊郭パロ林檎男娼設定。








「かすていらをいただいたんです、お仕事が終わったら一緒に食べて下さいませんか」
「あらぁ、嬉しいわぁ…」


じゃあ明日入浴したら春ちゃんの部屋に行くわね、と告げると彼女はふわりとはにかんだ。
派手な着物で着飾って各々過ごす色子を、格子の隙間からはぎらぎらと欲望に染まる男達の眼が此方を見ている。この鳥籠の中で堂々と彼女と一緒にいるのが許された唯一の場所、それが客が品定めをするために月に一度過ごす通りに面した一室だった。



此処に来たのは十七になったばかりの枯葉舞う季節。家の借金のために身売りされた廓では地獄が待っていた。顔が女性以上に女性的であるから金持ち女の趣味には合わないと、男娼として特殊な趣味を持つ同性を相手にするだなんて怖気がたつようなことを、心は拒絶しているというのに日に日に仕込まれていく体に嫌気がさして…いっそのこと舌を噛み切ってやろうと一度や二度ではない。

その中で、春歌だけが、唯一の光だったのだ。

春歌はこの早乙女楼で生まれた。遊女であった母を物心つく前に亡くし、遊女として生きていくことを定められた子だ。この闇の世界で生きる人間はどこか影を持つというのに、くりくりとしたその目は外の人間が色子を見るような軽蔑にもほの暗い色にも染まることはなく、ただきらきらと輝いていた。暇があれば三味線を奏でて歌っていて、表向きは華やかでも実際は底辺のまた底辺であるこの場所で、絶望に染まる俺の心を慰めてくれた。

彼女が遊女になることは避けられないけれど、せめて支えよう助けようと思った。なるべく苦しくないように痛くないようにと遊女と共に性技を教えて、不安から泣けば宥めて、舞踊が上達すれば思いっきり褒めた。

その甲斐あってか出会いから十年、今や春歌は御職候補筆頭の売れっ妓だ。

それは俺以外の男に抱かれているということだけれども、遊女となった後も春歌のあの純粋な瞳は少しも曇ることはなかったから何とか我慢をしていられた。それに心底愛しているのは俺だけだ、と彼女は言ってくれたから。





仕事明け、約束通りに彼女の部屋を訪れればいつもと変わらぬ笑顔で迎えてくれた。それだけで殆ど寝ていない筈の体の痛みを忘れてしまうようだ。色子同士が会う際に付き添って見張りをするはずの若い衆には、酒をしこたま飲ませてきたから今頃夢の中だろう。ここでも二人きり。しかも不躾な視線は無し。


「このかすていら、おいしいわねぇ」
「ふふ、よろこんでいただいて嬉しいです」

件の異国の菓子に舌鼓を打つ。楊枝で一口大に切られて運ばれてくるけれど、本音を言えばこちらはもう満腹。それよりも、欲しいのは、春歌だ。


「ねぇ春ちゃん」

口へ寄せられていた華奢な手を掴んで、ぐいと引き寄せる。ぽとりと落ちた楊枝とかすていらを蒲公英色の目が追うがすぐにこちらへと視線を戻して、なんですか、と桜の実色をした唇が問いかけてくる。

「…頬の血色がいいってことは、昨日は早く寝たのかしら?」

こくりと頷く彼女に、やはりと思う。たしか昨晩は聖川の御曹司が来ていたはずだ。彼はあまり無体なことはせず、春歌の体を気遣ってか彼女を腕に閉じ込めて早めに眠りへと着くらしい。花代は通常の三倍程払っているから楼主も何も言わない。

春歌が休めるのは良い事だ。
でも、他の男が春歌に安らぎを僅かでも与えているのだと思うと、沸々と腹の底から醜い感情が生まれてきて…自分のものであると確認してしまいたくなってしまう。


「春歌が食べたい」


そうして頬に軽く接吻すれば真っ赤に染まる初な恋人に、思わず笑みが漏れる。この子の純真さはいつまで経っても変わらない。ひょいと軽い体を抱え上げて部屋奥にある布団へと向かえば、琥珀をぱちりと瞬かせて動揺している…そんな仕種さえも愛らしくて、布団へ下ろすと共に夢中になって口吸いを繰り返した。





互いに最低限着物を肌蹴させて、早々に春歌の中へと自身を押し入れる。十日以上ぶりの春歌だ。本当は着物なんて全て取り払って抱き合いたいけれど、肌を合わせていられる時間は四半刻にも満たない故にそれは出来ない。皆が寝静まっている間に終わらせなければ、ならないのだ。

誰かに知られれば即会えなくなる。この関係はいつも破滅の隣り合わせにある。

抽挿によって震える指先を背に回させるのも、まろやかなくびれを持つ細腰を抱くのも、跡が残らないようにと着物越しだ。如何して、俺達は一人の男と一人の女として愛し合うことが許されないのだろう。


俺の体の下にある彼女の頬に、水滴が垂れた。汗ではないようだ。等間隔でいくつも。
熱に浮かされ細められていた琥珀が驚かれたように見開かれている。

「あ、れ…?おかしいな……」

感情を抑えて表情を保つのは得意だったはずなのに、俺は泣いていた。
動きを止めて親指で目元を拭うけれど、どんどん溢れて涙は留まることが無い。ぼやけた視界では気付かなかったけれど、いつの間にか背にあったはずの彼女の手が直に肌に触れる首元へと回されていて…胸と胸がくっつく程ぴたりと抱きしめられた。



「林檎さん、林檎さん…

わたし、あなたが好きです

あなただけが、好き…」


だから泣かないで、と強く抱きしめられて、劫火のような熱が、胸を焼く。


「愛してるっ…はるか…っぅ、あ…おれも、きみ、だけだ…きみの、ために、生きているよ…っ」


そのまま、彼女の腕の中で、子どものように泣きじゃくった。







二人分の空気
(この僅かな逢瀬が、俺の幸せの全て)




夜宵 様へ
お待たせいたしました!リクエスト頂いた林春不健全、シチュ指定は特になかったので本当に好き勝手に書かせていただきました(*´∀`)男娼設定という癖のある林檎先生なので…お気に召すかびくびくしております…何か求めるものと違う、ということがございましたらご遠慮なくおっしゃってくださいませ!
林春初挑戦で苦しみもありましたが、その分書き終わった後の開放感が半端無かったですw挑戦の機会をありがとうございますv(^▼^)

このたびはリクエストいただき、誠にありがとうございました!

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