いつもは右に流すようにしている髪の分け目を反対にして、黒いマニキュアを綺麗に落とす。ヘアピンを着けないと横髪は鬱陶しいし、ピアスの重みがない耳は落ち着かない。そんな煩わしさを無視しつつ、シンプルな水色のシャツに袖を通した。これで準備は終了。壁に立てかけた姿見に向かって控えめに微笑めば、先程までの来栖翔ではなく…来栖薫が映っていた。
来栖翔の部分が出ていないかを最終確認し、部屋を出る。向かうはお隣、ドアの前で深呼吸してチャイムを鳴らす。

「こんばんは、春歌さん」
「しょ……か、おる…くん」

夜中に訪ねた俺を彼女は黙って部屋へと招き入れた。作曲をするリビングを通り過ぎ、真っ直ぐに向かうのは寝室だ。この姿で、薫として会う時になるべく話さないようにするのは暗黙の了解だ。無駄に話して、ボロが出ないようにするために。




この歪な関係が始まったのは一年前。きっかけは俺が春歌の好きな人に気が付いたから。とろりと、とろけたような瞳で見つめていたのは、俺の弟の薫だった。そんな彼女を数ヶ月見てきたけれど…報われないのは分かってる筈なのに、想いは変わらずのようだった。熱っぽくあいつを見つめ、薫の右手薬指に光るペアリングを見ては悲しげに笑う。

ずっと想ってきた人が別の男に心奪われる姿を見るのは、堪らなかった。春歌は、作曲家として友人として俺を好きでいてくれるけど、一人の女として好きになったのは薫なんだって…薫が訪ねて来る度に思い知り、嫉妬した。それが限界に達して…俺は卑劣な手を使ってでも彼女を手に入れることにしたんだ。



「俺が、薫になるよ」

初めて薫の姿を真似た時、そう言って彼女をソファへと押し倒した。
春歌は最初拒んだ。こんな事しても、互いに悲しいだけだと。それでも、声を少し高くして、春歌さん、と耳元で囁けば抵抗が弱まった。その後いくつか説得の言葉を紡いで…そして、震えるか弱い腕が俺の背へと回されたのを合図に、俺たちは行為へともつれ込んだ。



それから月に一度、薫になって、彼女の部屋を訪ねるのが習慣になった。



「あ、ぁあ…っ……」

春歌はいつも、ぽろぽろと涙を流しながら、果てる。優しいやつだから俺を薫の身代わりにしたことの罪悪感に苛まれているのだろう。
…俺は全く構わないのに。確かに、行為後に部屋に戻って虚しくなるときもある。それでも、彼女のこの姿を見れるなら、頑張って、薫を演じられる。


だから、俺の腕の中で鳴いていて。



散る散る充ちる此の躰
(心は決して手に入らないけれど)




二世子 様へ。
切暗なR-18の翔春、というシチュをいただき…大変楽しく書かせていただきました。貴方様のおっしゃる通り切暗な翔春ってあまり見かけませんでしたが、貴方様のおかげでとっても萌えるシチュだと気付かされました…!
機会がありましたら、素敵な貴方様のお名前をお聞かせくださると嬉しいです(*´w`)
リクエスト、誠にありがとうございました。
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テーマ「人外ファンタジー」
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