今夜は王家が主催するダンスパーティー、煌びやかな宮殿のホールに次々と貴族が押し寄せている。まだ開幕していないものの既に会場のあちこちで人が群れ、談笑している。

父や長兄が他家の当主と挨拶を交わす中、マダムやレディをお相手するのが自分の役目。いつも通りグラスを傾け甘い言葉を囁いていた。

その会場で、ざわりと一際大きな音がする。色々と因縁のある男が扉をくぐった所だった。神宮寺と勢力を二分する聖川家が到着したようだ。この国では珍しい藍色の髪は目立つ。いつもならその藍色が当主と跡目、令嬢といるはずだったが、今晩は男二人、十になったはずの少女の姿は無い。代わりに横に薄橙の髪をした、華奢なレディを連れている。パーティーでは必ず妹をエスコートする堅物が珍しいものだ…少しからかってやろうか。

「よお、今日は可愛い妹姫はどうしたんだ?」
「…貴様に答える必要は無い」

奴のつんとした態度はいつも通り変わらず。

「ま、真衣様は…その、お風邪を召されたので…」

俺の問いかけに答えたのはレディの方だった。うっかり聞き逃してしまいそうなほど小さな声ではあったが。自信無さそうに振る舞う様子から見るとどこかの令嬢というわけでは無さそうだ。ならば何故聖川と共にあるのか。ますます興味がわく。それを探ろうとしたところで、トランペットが高らかに鳴り響き邪魔をした。国王ご一家のご登場を知らせる合図。残念ながら時間切れ。まあ…夜は長い。聞くチャンスはいくらでもあるだろうとその場を離れた。




パーティーの終盤、踊りを止め皆が王へと熱い視線を注いでいた。パーティーには贈り物を持ってくるのが慣例となっていた。宝石から領地で育った名馬まで様々なものが王へと献上されていく。

聖川家の順番がやってきたようだ。見たところ大きな荷は運び入れていない。聖川家領地の名産である翡翠かと、当たりをつけていたが大きく外れる。
聖川の隣にいたレディが当主と共に王の前へ躍り出たのだ。

「今宵王へお渡しするのは、曲でございます」

国王は統治の手腕と共に音楽好きで知られる。だからこそ自国に音楽家が育っていないことを惜しんでいた。その王に、曲をプレゼントとは…果たして吉と出るか否か。

聖川の当主に促されてレディがピアノへ。椅子に腰掛け構える。と、彼女が纏う空気が変わった。深呼吸を一つして、白く細い指を鍵盤へ滑らせる。
一人の男を讃える聴衆、男は期待に応え平和な世を築く。多忙な日々の中でも愛を忘れず恋人に花と愛の言葉を捧げるーー彼女の曲が語りかけてくる。まるでオペラを鑑賞しているように、次々と場面が思い浮かんでくる。

会場の全てが、瞬きすら忘れて演奏に聴き入っていた。フィナーレを迎えても少しの間、誰も何も発せなかった程に。不安げに周囲を伺う琥珀の瞳に、人々はようやく動きを取り戻したようだった。割れんばかりの拍手が起こる。彼女はその中を、恐縮しきりの様子でピアノを離れ聖川の横へと戻っていった。

「陛下の偉大さ、そして慈しみ深く何物も愛する御心を表現してございます」

聖川の当主が一言付け加えて締めとなる。絶賛する王、満足げに笑う聖川当主、悔しさを僅かに顔に出している父兄がぼんやりと見える。近くにいるはずなのに何かフィルターを通して見ている様だった。ピントが合うのは少し離れたレディ。正しくは、はにかむ彼女と微笑み声をかけている聖川。



二人の様子に何故だか無償に苛立って…少しかき回してやろうと決めた。




ある日の夜
(出会い)
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