Dream | ナノ

 きみがすき

 うっとりとした表情で彼女は僕を見る。その視線は身体中に纏わり付くようで、僕は思わず本のページをめくる手を止めた。
「おや、不機嫌そうだねえ」
「……なんですか?」
「なにもないけど」
 ならこっちを見るんじゃない、と言いたいところだが相手は一応先輩だ。ぐっと飲み込んで、僕は本へと視線を戻した。
 その後も、きゃらきゃらと笑う彼女に若干の苛立ちを感じる。何がそんなに愉しいのか。
 あまりに煩いので、ここは図書室という本を読む場所なんですよ静かにしてください、と一息に言ってやる。
「それくらい知ってるし」
 むっとしたような口調に対し「そうですか」と素っ気なく返すと、彼女はどうやら拗ねたようだった。その、ぷうっと、わざとらしく頬を膨らませる様子を不覚にも可愛いと思ってしまった。

「ねえねえレギュ」
 頬っぺたをそのままに、彼女が少し落ち着いた声音で僕を呼んだ。名前を言わなくとも、今この部屋にいるのはお互いだけだ。
「なんですか先輩」
「嫌いだよ」
 唐突だった。平淡な言葉だった。
 弾かれたように顔を上げてみたけれど、彼女に表情が無かったので、「そうですか」 と僕もできるだけ無表情に答えた。
 少しどころではなく痛みを訴える胸を、無視するように、また俯く。しかし視界に入ってくる文字を文字と認識できずに戸惑う。
 あれ、どこまで読んだかわかんなくなってしまったよ。

「……ねえねえレギュ」
 混乱している僕の身体は、それでも正確に彼女のものを拾う。僕を呼ぶ彼女の声は、先程の呼びかけをボタンでリピート再生しているみたいだった。
 僕も同じように、同じ台詞を同じ口調で繰り返す。まるで何かのゲームのようだ。
「なんですか先輩」
「好きだよ」
 唐突、だった。平淡な言葉だった。
 僕をどん底から救いあげる力を持つはずの単語だったけれど、あまりに感情が篭っていなかったので、更に突き落とされただけだった。
 彼女は何がしたくて、僕に正反対の言葉を浴びせるのか。
 少しどころではなく戸惑って、僕は口を開いた。
「何がしたいんですか」

 そう言うと彼女は、にっこりと笑った。直前までの空虚な表情とギャップがありすぎて着いていけない。僕は眉をひそめた。
「うふふ」
 酔っ払ったような笑い声。彼女がテーブルの上に身を乗り出して両肘をつく。それから手を組んだ上に顎を乗せてこちらを見た。
 少しどきりとしたのは内緒だ。
「ねえねえ」
「はい」
「好きな人には、ずっとずっと笑っていてほしいと思う?」
「はあ?」
 脈絡のない質問に、首を傾げる。
「まあ……一般論では、そうなってますね」
「君はどう?」
 僕。
 どうなんだろう、と考えるよりも彼女の答えが気になった。
「あなたはどうなんですか」
 そう尋ねると、彼女はなぜか大人びた微笑みを浮かべた。
「私はね」
 私は、ということは一般論とは違う答えが聞けるらしい。
「いろーんな、顔が見たい。笑顔だけじゃ満足できない」
「貪欲ですね」
「人間だからね」
 いつの間にか、本は閉じていた。しおりを挟んでいないから、次開くときに少し探さければいけないな。
「喜んでる顔も、傷ついた顔も、不機嫌な顔も全部私のものにしたい」
 ――それって。
 熱に浮かされたような瞳で、彼女は僕を見た。思わず息を呑むと、にこっと笑いかけてくる。
「今度は君の番だよ」
「僕ですか」
 ふう、一度だけ息を吐いて気持ちを落ち着ける。彼女が何を言いたいのか、わかってしまった。
 できるだけ余裕があるように見えるよう、そうですね、と前置きをしてから僕はテーブルの上で指を組んだ。
 自分のことを難しく考えるのは苦手だ。
「まあ、笑顔が好きです」
「…普通だね」
 綺麗事だ、と言われたような気がしてむっとしたところで、
「馬鹿にしてるわけじゃないよ?」
「……それならいいです」
 困ったように眉の端を下げるその表情に動揺してしまう。なんともこれで許してしまうのだから、我ながら単純すぎて救えない。
 さて。
「――と、いうのが建前で」
 僕がそう続けると、大人びた薄い笑みはどこへやら、彼女は目を丸くした。
「本当は、あなたと同じ」
「おお」
「でもそのためには、一緒にいないといけないんですよね」
 そこでわざと言葉を切って、目の前の彼女を見つめる。初めは首を傾げて続きを待っていた彼女だったが、
「僕の好きな人は、随分ころころと顔が変わるもので」
 じっと辛抱強く見つめていると、じわりじわりと表情が変わっていく。長い睫毛が上下して、ぱちくり、と何度か瞬きをする間に、みるみる表情が明るくなっていくのがわかった。
「それは大変ね」
「はい、そりゃあもう」
 だんだんと、僕の頬も緩んでいく。それと同じくらいの変化で、彼女の頬も染まっていく。
「だから、」


 きみがすき
 全てが欲しくなるのは当然



「ずっと傍にいますよレイシア先輩」
「……うん、よろしい」



「なんか、さ」
「はい?」
「普通に告白したほうがよかったんじゃないかなあ。今思い出すと、結構恥ず「いいんです」……まあいっか」
「あなたにしては、なんか随分いろいろと考えたみたいでしたから」
「あ、わかるっ!? どうやったら妖しく笑えるのかなーとか練習したのよ、鏡の前で」
「(想像するとシュールだ)……でも、きらいって言われたのは、結構こたえました」
「ああう、ごめんね」
「次言ったら呪います」
「呪うの!?」




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