Dream | ナノ

 幼馴染特権

 ホグズミードへの外出が許された休暇は、いつも門限の少し前からレギュラスとふたりで過ごす。友人たちも慣れたもので、今日はマダム・パディフットの喫茶店前で待っていたレギュラスを見てくすくすと笑っていた。あのブラックをあのファンシーな店の前で待たせるなんてあんたくらいよ、と頭を叩かれながらレギュラスに声をかけると、案の定不機嫌だった。

「遅い」
「え、まだ時間前……」
「僕をここで待たせるなんてレイシアくらいだ」
「えーと、うん、ごめん」
 
 だって、ピンクのお店の前に立ってるレギュラスが見たかったから。彼に限らず大体の男子生徒は、普段この店の前を足早に通過する。予想通り似合ってなさすぎて面白かった。笑って誤魔化すと頭を軽く叩かれた(絶対バレてる)。

 それから、門限の少し前に生徒達が慌ただしく城に帰るのと反対方向へ歩く。監督生である私とレギュラスは、いつも出発前の点呼をとって少し遅めに城を出発し、門限の前後はこうして最後の見回りをする。

「こら、走らない! まだ門限には充分間に合うから」
「はあい」

 スリザリンの後輩とすれ違いざま、レギュラスが声をかける。休暇がよほど楽しかったのか、余韻に浸るようにふわふわした足取りでその子は駆けていった。思わず私は苦笑する。

「走らないでって言ったのにね」
「まあ、転ばないならいいよ」
 
 彼は、周りを見渡しながら肩をすくめた。レギュラスの隣を歩きながら、ハニーデュークスやダービッシュ・アンド・バングズにいる生徒達に門限のアナウンスをして回る。監督生のお仕事。一応、名目上は。そうして、ほとんどの生徒がいなくなった門限ギリギリの時間に。

「いつも通り、行く?」
 
無言で頷くレギュラスと連れ立って、最後に三本の箒を訪れる。

「いらっしゃい、監督生さんたち」

 茶目っ気たっぷりに微笑むマダム・ロスメルタに小さく手を振って、端のテーブル席につく。すぐに運ばれてきたのは、クロテッドクリームとベリーが乗った糖蜜パイと、バタービール味のプディング。いつもの通り、私の前にはプディングとバタービールが置かれ、レギュラスの前には糖蜜パイと紅茶が置かれた。

「先生に怒られる前に帰るのよ」
「はい」

 ウインクをする彼女に笑顔で返し、さて、と私とレギュラスはそれぞれスプーンとフォークを手に取った。さっと視線を交わす。

「今日もお疲れさま、レギュラス」
「レイシアも。お疲れさま」

 パイに視線を落としたレギュラスは、きっと自分が普段よりいくらか緩んだ表情をしていることに気付いていないだろう。

 ――レギュラス・ブラックは甘い物に目がない。本人曰く、勉学に励む上で糖分摂取は必要事項だ、とか。

 けれどそれが知られたらきっとお嬢様お姉様がこぞってハニーデュークスに集う。そしてレギュラスの手に大量のお菓子が渡る。彼は意外と偏食なので、いくらかのお菓子が拡張呪文で広げたトランクの奥底にしまい込まれ、年月が経ち……そこまで想像したところでやめた。
 手作りのお菓子なんてもらった日には、恐ろしくて封も開けられない(つい先日、強力な惚れ薬の授業があったので尚更)。だからこうして監督生の特権をギリギリで行使し、生徒が誰もいない時間に三本の箒とハニーデュークスを回って日が暮れる前に帰るのだ。

 スラグホーン先生のことだから、きっとレギュラスのお目当てを知っていながら毎回笑顔で見回り役を頼んでいるのだろう。先生に気に入られておくといいことがある。私まで許されているのは何故かというと、同じスリザリンで同じ監督生かつ彼の“幼馴染特権”を行使しているからである。

 優雅にパイを切り分けているレギュラスを、じっと見つめる。初めて会った十年以上前は天使の如く可憐だった彼は、可愛い男の子になり、綺麗な男の人になりかけている。今は昔からの馴染みで私が隣にいるけれど、彼の隣にきちんと並ぶには――彼に好きになってもらうには、どのくらい善行を積んだらいいのだろう。
 
 そう。今日の私には目的がある。

「ねえ」
「ん?」
「レギュラスは……えーと、糖蜜パイのどこが好きなの?」
「どこって」

 いきなり何を言うんだ、と胡乱げな目を向けられながらもめげずに待っていたら、律儀な彼は少しばかり考え込んだ後で口を開いてくれた。

「甘くて美味しいところ」
「それお菓子全部がそうでしょ……もっと具体的に!」
「はあ? さくさくした食感も楽しいし、滑らかなクロテッドクリームがよく合う」
「うんうん」
「あとは、上に乗ってる……ベリーもいい」
「わかるよ、みんな好きだもんねベリー」

 甘くてさくさくしててクロテッドクリームとベリーが似合う、糖蜜パイ。私が変身術を使ったとしても、さくさく食感を再現できる気がしない。さくさくしていない糖蜜パイなんて、レギュラスは食べてくれない。

「どうせ食べられるなら、美味しく食べられたい……」
「なんだって?」
「なんでもない」
「何がしたいんだレイシア」

 ――本当に何がしたいんだろう、私は。迷走している自覚はある。糖蜜パイの好きなところを聞いてどうするんだ。

 今日の私の目的は、彼の好きなタイプを聞き出すことだ。友人たちに先ほど宣言したところ、盛大な溜息をつかれ投げやりに「頑張れば」と応援していただいた。レギュラスが好きなものって、例のあの人とクリーチャーとクィディッチと、糖蜜パイしかわからない。あの人のどこが好きなの?なんて間違っても聞けない(多分一度聞いたらものすごい情報量で返ってくる)。ましてや好きな女の子のタイプは?なんて聞けるはずもない。

 気休めにプディングと生クリームを多めにとって一気に頬張ると、口の中に焦がしたカラメルに似た甘さが広がった。癒される。

「うーん」

 小さく唸ると、向かいに座ったレギュラスの眉が少し吊り上がったのがわかった。心配してくれているらしい。この不機嫌なのか心配なのかのラインが見極められる程度には幼馴染として長いこと一緒にいるが、彼の好きな女の子の髪型とか仕草とか顔のタイプに関してはからっきしだ。

 マダム・パディフットの喫茶店の前を待ち合わせ場所に指定できる"幼馴染特権"も、いつまで使えるのかわからない。もし彼女なんてできたら私はお役御免だ。

 レギュラスはにわかに一口サイズに切り出したパイをフォークで刺すと、

「はい、レイシア」
「うぐっ」

 結構な勢いで私の口の中に突っ込んできた。フォークが刺さったらどうするんだ。パイを噛むと、さっくりと音がした。確かに美味しい。それは知っているが、正直糖蜜パイどころではない。この人は時々何の気なしに心臓がどきどきするようなことをしてくるので、一緒にいる身としては文字通り身がもたない。

「レギュラスさあ、そういうの他の人にやるとき気をつけなよ」

 私がそう言うと、レギュラスは少しだけ笑った。

「他の誰にもやらないから大丈夫」
「そっか」

 それならいいか。他にも寿命を縮められた被害者が出て、レギュラスの競争率がさらに上がったら私が困る。
 
 だって最近のレギュラスときたら、クィディッチ選手としての力量もめきめきと上がってきて、身体つきも華奢だけどしっかりしてきて、元々の整った顔立ちを引き立てるように陰ができるようになってきて――思わずひとつ溜息が漏れる。要するにどんどん格好良くなってきたレギュラスの女子人気が上がりまくっているのだ。ただそこにいるだけで、何もしなくてもモテるのだこの人は。

「こっちもあげる」

 お返しに、生クリームをたっぷり乗せたバタービールプディングをこんもりとスプーンに盛って、にっこりと微笑んで見せる。パールグレイの瞳を僅かに輝かせ、素直に口を開けたところにスプーンを突っ込む。舌触りを楽しんでいる様子をしばらくじっと見ていたが、無言で頷かれたのでなんとなく頷き返す。御礼らしい。
 いまや老若男女に大人気のレギュラス君にスイーツを直接餌付けできる魔法使いなどきっと私しかいないわけで、それはそれで嬉しい。多分意識されていないだけなのだろうけれど。もう少し、この“幼馴染特権”をありがたく行使させていただこう。


 あまり時間をかけずにパイとプディングを堪能して外に出ると、空は仄暗くなっていた。魔法使いの村を歩くホグワーツ生は私とレギュラスだけだ。今からハニーデュークスでたんまりお菓子を買い込んで、城に帰ってスラグホーン先生に見回りの報告をすれば任務完了である。

「はあ、今日も美味しかった」
「いつも思うけど、バタービールとバタービールプディングの組み合わせってどうなんだ」
「味に統一感があって美味しいの」

 くだらない会話に付き合ってくれて、嫌がらせのように乙女チックな喫茶店の前で待ち合わせをしても起こらなくて、スイーツの食べさせあいっこをさせてくれる。多分ものすごく優遇されている自覚はある。

 顎を少し持ち上げて、にょきにょきと最近背を伸ばしたレギュラスの横顔を観察する。そういえば頬の肉が落ちたな、とか。相変わらず目元に落ちる睫毛の影が綺麗だな、とか。ぼうっと見ていると、不意に視線が交差したので思わず「わっ」と声を上げてしまった。

「そんなに驚くことじゃないだろう」
「だって」

 こっち向いてくれないかな、って思ったところだったから。

「心を開けられたのかと……」
「何もしてない」
「だよね」
「レイシアがわかりやすいだけ」

 ……それは、どういう意味だろう。甘いものでエネルギーを蓄えたレギュラスの瞳が、外灯の下で煌めく。

「僕は糖蜜パイが甘い物の中でも一番好きだけど」
「知ってるよ」
「好きなタイプは、一緒に甘いものを食べてくれる人だから」
「……うん?」

 甘いものを前に目を輝かせる彼は、あんなに可愛かったのに。悪戯っぽく微笑むレギュラスは、ちゃんと格好いい男子だった。これは私もまだ見たことがなかった、多分私だけに見せてくれる顔。思わず足が止まる。

「……もっと早く教えてよ」
「色々考えてるレイシアが面白くて。でも最近は君の友達に色々言われるから」

 いつか誰かに、レギュラスの隣を盗られると思っていたけれど。どうやらこれからも、私はレギュラスとふたりで糖蜜パイをつつくことができるらしい。きっと前世で相当善いことをしたに違いない。
 ……なんて少し現実逃避でもしなければ、顔から火を噴きそうだった。慌てて手の甲を頬にあてると燃えるように熱かったので、既に手遅れのようだった。

「レイシア」
「は、はい」

 あたふたする私を見つめるレギュラスの眼が柔らかくて恥ずかしい。でもよくよく考えてみると、今みたいに優しい表情をしてくれるようになったのは、何年か前からだったような気がする。
 あれ、もしかして。
 結構前から“幼馴染特権”以外の何かで、レギュラスの隣に居るのを許されていた、のだろうか。

「次のホグズミードは最初からふたりで行こう」
「え、う、うん。えーと、そうだ、次、マダム・パディフットの店でも行く? あそこのベリータルト美味しいよ!」
「……考えておく」




初めてUSJハリポタエリアに足を踏み入れたよ記念



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