◎ たぶんこれが始まり
「あの」
「……」
「…あのー」
なんだかさっきから後ろが煩い。
とたとたと幼い足音がついてくる。ついてくる、というのは被害妄想かもしれないが。
「はあ」
けれどもだんだん声は大きくなってくるし、なんだかもう被害妄想どころではなくつけられている気がするし、ということで溜め息をひとつ。
くるりと後ろを振り返って、小柄な少女を確認したところで、レギュラスは口を開いた。
「何か、僕に」
用事でも、と続くはずだった言葉は、少女がぱっと顔を上げたことに驚いて飲み込んでしまった。妙に嬉しそうな表情の少女にイライラとしてもう無視してしまおう、と半ば靴先を戻しかけた矢先。
「はい、これ、落としましたよ」
ずい、と目の前に差し出されたのはやけに見覚えのある羽ペンで。
そういえばと記憶を辿ってみると、図書館を出るときに羽ペンを鞄に入れた記憶がないような気がする。
「……あー」
なんとなく罰が悪いのもあっておずおずとレギュラスが手を差し出すと、ぽんと羽ペンがその上に置かれた。
「追いついてよかったです」
ほっと息を整える少女を柄にもなくぽかんと見つめてしまったレギュラスに、くすり、と少女はやけに大人びた笑みを零して。
「それじゃ、ブラック先輩。また」
最後ににこりと笑って、何事もなかったかのように後ろを向いて歩き出す。
ぼんやりと後姿を見送って、その背中が角を曲がったところでレギュラスは息を吐いた。
「……お礼」
言いそびれた。
でも彼女が「また」と言ってくれたから、次があるんだろう。
なんとなく期待してしまう。
次に会うときはせめてネクタイの色ぐらい確認しておこう、と思いながらレギュラスは羽ペンを鞄にしまった。
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