◎ 惑う星たちへ告ぐ
泣き声が、聞こえていた。
もうずっとずっと前から。
気付いた時から知らないふりをしてきたけれど、今日はなんとなく慰めに行ってあげてもいいかな、なんて思った。
末の弟の部屋を、コンコンとノックする。ぴたりとやんだ声に苦笑を漏らしつつ、私は「開けるよ」と断って、扉を押した。
「レギュラス」
名前を呼ぶと、くしゃくしゃの顔をしたレギュラスが私を振りむいた。大きなベッドに座りこんで、必死で顔を腕で隠している。全く、私に隠し事をするなんて。
あえてずかずかと部屋の中に進み、ぽふんとベッドに腰掛ける。ぎしりと軋んだスプリングに、レギュラスが驚いたように私の顔を見上げてきた。
「あーあ、折角の綺麗な顔が台無しじゃない」
そう言いながら額に張り付いた前髪をはらってやると、再び大きな瞳が潤む。
「ね、姉さん」
抗議のつもりか、それとも泣きそうになったのを誤魔化すためか、レギュラスが私を呼んだ。
「前はお姉ちゃんって呼んでくれたのに、いつから姉さんになったんだっけ?」
そう言うと、レギュラスは口を結んで黙り込んでしまった。
ほんとうは知ってるけれど。ホグワーツに入学したシリウスが、私のことを「姉さん」って呼ばなくなってからだって。
「レギュは……」
指通りのいい、私たち姉弟に共通する黒い髪。
レギュの耳の近くのそれを梳きながら、私は問いかけてみた。
「シリウスになりたいの?」
弾かれたように、レギュラスの肩が揺れて。身体が固くなったのがわかった。
図星か、とは言わずに、その小さな頭を胸に引き寄せる。
母と父は、グリフィンドールに入寮したシリウスを良く思っていない。良く思っていないどころか、勘当するくらいの勢いで、存在を無視し始めている。
代わりに期待がかかるのは、数ヵ月後にホグワーツ入学を控えているこの小さな弟。
その期待通り。
スリザリンに入って、両親が望むままにレギュラスは過ごすのだろう。
「レギュラスは、それでいいの?」
ぽんぽん、とあやすように頭に手を置きながら。私がそうつぶやくと、レギュラスは私の腕の中で、こくりと頷いた。
「ぼくは……」
涙のにじんだ声で、レギュラスは淡々と言う。
「自分がどうしたいのか、わからないんです」
「……うん」
そっか、と相槌を打つと、レギュラスはひっそりと私の胸に頭を預けた。もしかしたら、泣いているのかもしれない。今度は声も上げずに、ただ静かに、涙を流しているのかもしれない。
そうだね。
あなたをそういう風にしたのは、他でもない両親や私――そしてこの家。
「私もね、自分がどうしたいのか、わかんないや」
そっとそう呟くと、レギュラスは甘えるように頬をすり寄せてきた。もしかしたら慰めようとしてくれているのかもしれない。
ひとつ年下の弟、シリウスは。自分がどうしたいのか、見つけてしまったのだろう。
『お前には、関係ないだろ』
学校で、賑やかな友達に囲まれながら、私にそう言い放ったシリウス。それから何故か自分で傷ついた顔をして、ちらりちらりと何度も私を振り返りながら、グリフィンドール寮へと帰って行ったシリウス。
見つけてしまったら、もう、この家にはいられない。
この家の中で、それは許されない。
「ねえレギュ」
「なんでしょう」
「私がどこかに嫁いでも、私のこと、忘れないでいてくれる?」
そんなこと、と顔を上げたレギュラスは大人びた微笑みを浮かべた。
「姉さんは、ずっとぼくたちの姉さんだよ」
惑う星たちへ告ぐ
「レギュもシリウスも」
「ずっとずっと」
「私の大切な弟だよ」title:ルナリア様prev|next