視界をやたらと過ぎっていく鮮やかな色彩は、意識しないようにしていた。
だって彼ってば、私の苦手なタイプなのだ。
口下手な自分とは正反対に明るく優しくクラスの人気者。
バスケがやけに上手くって有名で、果ては高校生モデルと来た。
苦手にならないはずがない。
それなのに、今日も目の前を彼の黄色い髪が風に揺れた。

たとえば、移動教室の自由席。
友達と適当に選んだ席(どちらかといえば後ろの方)に座って話をしていると、前の列にどやどやと数人の男子が腰掛けた。
賑やかだなぁ、と思っていたらその中の一人に黄瀬くんが居た。
こちらへ振り向いたあと、特に大きい声ではないのにしっかり響く挨拶をする。

「おはよっス、名字さん」
「…どうもー」

短く返すと黄瀬くんはにっこりと目を細めてまで笑った。
続けて私の友達へも挨拶を掛けている。
何がそんなに嬉しいんだか。

「ほら、もうちょい詰めてほしいんスけど」
「何だよ黄瀬ー、押すなよ」

相変わらず交友の幅は広いらしく、まとめて動くには少しばかり大所帯な人数を奥の方へとせっついている。
わざわざ声を掛けてきた割に、彼らは私たちのすぐ目の前には座らなかった。
斜め前あたりで友達と笑いあっている黄瀬くんの後ろ姿をぼんやり眺めながら思い当たった。
ああ、彼らの背が高いからか。
自分たちが目の前に座ればかなり前が見えにくい状況になるだろうと踏んで、黄瀬くんは移動したのだ。
そんな気遣いができるくらいなら、最初から話し掛けなければいいものを。

たとえば、帰りの電車。
私は他の人と比べて特に通学時間が長い、と思う。
必然と早く帰りたいという気持ちは生まれるもので、いつだって車内のいい位置をキープして、乗り換え駅では一番早くに下車する。
その駅はうちの生徒なら大抵は使うところだから、早め早めに行動すると混雑が回避できるのだ。
今日も意気込んで路線の連絡通路を歩く。
と、私の横をすいと追い抜いた影があった。

「名字さん、歩くの早いっスね!」

男ならではの大股で私をあっさりと追い越して爽やかに笑った黄瀬くんに愕然とする。
また先を行かれた。
以前にもこんなことがあったのだ、それまでは長いこと誰にも抜かれたことがなかったのに!
優越感をたやすく握りつぶされるような感覚に訳もなくむっとした。
軽い足取りで黄瀬くんは私より先に改札を抜け、ホームへ続く階段を降りていった。
私もそれに続く、というか方向も乗る電車も同じなので致し方なく。
下りた先のホームで、黄瀬くんはどこか乗車位置に並ぶでもなくぶらぶら歩いていた。
私はそんな彼とは反対方向の、ここと決めているいつもの定位置に立った。
先や隣に並ぶ人はまだ見当たらない。
この時間帯なら、乗り込んだ時に二つや三つ空席が見つけられるだろう。
そんな風に考えていた私へふっと影が被さり、深く考えもせず隣を見やってぎょっとした。

「あ、隣いーっスか?」
「…どーぞ」

反射で呟いた私の返事に、ふふっと笑った彼は機嫌良さそうに私と並んで立っている。
なんで、なんで黄瀬くんがわざわざ隣に来るのだ。
こんなホームの端っこまで来る生徒はなかなか居ないし、他に空いている場所はいっぱいあるじゃないか。
ぎこちなく顔を俯け、目線を合わせないようにする。
よく目にするなぁ、とは思っていたけれど、ここまであからさまに側に寄ってこられたのは初めてだ。
気まずくて隣に移ろうかと一歩踏み出した途端、手首をやんわり握られる感触。

「どこ行くんスか?」
「…まだ来るまで時間あるし、飲み物でも買いに」
「そっスねー、じゃあ俺も行こっと」
「そ、う」

違うんです。
一つ隣に行こうとしたら何故か思いっきり引き留められたし。
飲み物ちゃんと持ってるし。いらないし。
言ってしまった手前、仕方なく歩き出した私へ黄瀬くんの足音が重なる。
自分より随分背が高い人が後ろについて歩くというのは、なんか…落ち着かない。背後を取られた気分だ。
しかし自販機前に着いた途端に黄瀬くんの長い腕が顔の横をすり抜けて、100円玉を三枚投入した。
そのままスポーツドリンクのボタンをピッピッと二回押す。
運動部はよく飲むなぁ、と思いきや取り出すなり片方を私へ差し出す黄瀬くん。

「はい」
「あ、ありがとう?」
「どういたしまして!」

自分でも何に対してお礼を言ったのか分からない。
だって頼んでないし、奢られたし、荷物増えたし。
150mlのペットボトルを揺らすとちゃぽん、と中の甘い液体が跳ねた。
既に半分ほどを飲み干している彼の横で、特に好きでも嫌いでもないスポーツドリンクを一口飲んだ。
仕方ない、黄瀬くんがやたら嬉しそうだから。
優しくする気もないけれど、邪険にする気も起きない彼の締まりない笑顔。

たとえば、電車の座席。
…とはいえ、こんな状況は他のケースと違い初めてのことなのだけれど。
今日は妙に電車が混んでいて、ぽつりと一つだけ空いた席を前に私と黄瀬くんは顔を見合わせた。
普段なら遠慮なく座るのだが、車内へ乗り込んでも黄瀬くんは並んでついて来たし、先ほどのジュースの件もある。
見上げた先の彼はにこっと笑って言った。

「名字さん、どうぞー」
「いや、でも」
「いいからいいから、女の子は素直に好意を受け取った方が可愛いっスよ」

余計なお世話だ。
その言葉を飲み込んで尚も渋る私の両肩に黄瀬くんの手が載って、すとんと座席に優しく下ろされた。
一瞬だった。
あっさりと、加えてしっかりとしていた手付きは慣れているように動いたので、なんとなくもやっとした。

「顔が怖いっス」

笑う黄瀬くんは当たり前のように目の前に立って、彼の身長には余って見える吊革に掴まった。
この会話は、ちゃんと車内の喧騒に紛れているだろうか。
妙に悔しい気持ちになって握りしめていた鞄の取っ手も黄瀬くんにひょいと取られ、網棚に載せられてしまった。
何なの、この人。

「あの、後で下ろすの大変だからいいのに」
「ん?また俺が下ろすから問題ないっス」
「そんなこと言ったって、降りる駅違うし」
「同じじゃないっスか?これ」

並べて掲げられたのは彼の定期と、何故か私の定期。
…鞄を上げる時に抜き取ったな、なんて奴!
しかし二つの定期に印字された駅名は確かに同じ。
何も言い返せないでいる私に反して、彼はほんの少し意地悪く微笑んだ。
地元が同じだなんて、初めて知った。
彼との「たとえば」は、今日でいくつ増えてしまうんだろう。


Ex.やけに目につく彼の話



20111014
黄瀬くんって攻め方ズレてそう
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